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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 ただ今は帰国し、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。 ホームページ(2005年7月~2006年5月)は、「リンク」のところにあります「太田桜花堂 ベトナム便り バックナンバー」とクリックして頂くと入れます。
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アルテ・マイスター美術館のチケット

もう、5月も終わろうとしていますが、5月の連休にパックツアーで
ドイツ10日間で15都市を巡る旅をしました。
行きと帰りも含んでいますので、実際は8日間です。とっても忙しい旅でした。

ドレスデンで団体で「ツヴィンガー宮殿」「君主の行列」「フラウエン教会」など
概観だけを ぐるっとまわった後、朝9:30~10:30だけ自由時間に。

迷わず、アルテ・マイスター美術館へ。

ツヴィンガー宮殿の一部になっています。
10時会館なので、会館前にならんでも、実際は25分程度しかみれません。

2Fにあるラファエロの「システィーナのマドンナ」の絵の中の天使に
ぜひ会いたいと思っていました。
(チケットの天使)

有名な絵がたくさんあるのに、日本では考えられないほど、人が少なくて
じっくり見れました。
時間が足りなかったのが残念!

ジョルジョーネの「まどろみのヴィーナス」
フェルメールの「手紙を読む少女」
フェルメールの「やり手婆」 などがあります。

フェルメールの「やり手婆」は、きれいなお姉さんが、タイトルではなく
その横の黒い服を着た、したたかな顔をしたお婆さんが、絵の主題のようでした。
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「THE ハプスブルグ」が京都国立博物館に来ているのを、

電車の中の吊り広告で見つけ、前売りを買い、主人を誘って京都へ。

京都国立博物館 京都国立博物館

京都国立博物館

年末、ウィーン、プラハ、ブダペストへ行ったのに、時間が足りなくて
美術館へ行っていない・・・本当にもったいないことでした。

今回、2009年が 日本とオーストリア・ハンガリー二重帝国が国交を
結んで140年目にあたり企画された美術展で、
ウィーン美術史美術館(オーストリア)と、
ブダペスト国立西洋美術館(ハンガリー)の所蔵品から、
ハプスブルグゆかりの品々をメインに絵画と工芸品 計120点を展覧。

東京で2009年9月~12月の後に 京都に来ている。

もちろん、現地の美術館で見るのが一番ですが・・
日本で見ると、日本語の解説がついているので嬉しい。

パプスブルグ家の略系図を見ながら、いつの時代の人か確認しつつ鑑賞。
同じような名前で、キャパの狭い頭の中でこんがらがる。

でも一番印象的だったのが、なんと言ってもエリザベートの等身大の肖像画。
「なんて上品で気高く綺麗な人なんでしょう!」

エル・グレコの「受胎告知」は、何ヶ月が前に、倉敷の大原美術館で
見たのと、ほぼ同じでした。
(マリアがレースのスカーフをかぶり、大天使ガブリエルが手にユリの
花を持ち、鳩が稲光と共に舞い降りる構図です)
絵の横の解説に、「このテーマで繰り返し描いた。」と書かれていました。

ベラスケス、ティツィアーノ、ルーベンス、ラファエロ、エル・グレコ
などの巨匠の絵も揃っていましたよ。

見ごたえがあり、京都まで片道2時間かけて行ったかいがありました。


ヨーロッパの油絵を見て思うことがあるのですが・・・・、
ひょとしたら、日本人が見るのと、違うように見えているのではないかと。

日本人の瞳は黒いですが、ブラウンやブルーの瞳で見ると、
暗い感じの絵も、もっと明るく映っているのではないかと・・・
なんの根拠もありませんが、ふと、そんな風に思いました。




その後、博物館の目の前にある、三十三間堂にお参りして帰りました。

三十三間堂 三十三間堂

千手観音さんも迫力ありました。



ハンガリー

スロバキアから、ハンガリーにバス移動。

ハンガリーのエステルゴムセンテンドレという街を通り首都ブタペストへ。

『エステルゴム』

エステルゴム大聖堂 エステルゴム大聖堂

アルパート王朝の都だったエステルゴムには、ハンガリー カソリックの総本山の大聖堂があります。
大聖堂は、オスマントルコによって破壊され、19世紀に再建されました。
ハンガリーの誇る作曲家と言えば、リスト。
リストはその再建した大聖堂の柿落としのためにミサ曲を作曲したので、
大聖堂の中にリストの名前の版がはめ込まれていました。
きっと荘厳で繊細な曲なのでしょうね。


『センテンドレ』

センテンドレ センテンドレ

センテンドレは、中世の雰囲気の石畳の坂道の続く小さなかわいい街でした。
ヘレンド陶器が有名で、陶器の裏の模様で、何年に造られた物かわかるそうです。

ハンガリーの通貨はFt フォリント。1Ft=0.50円

現地ガイドさんの話では、
ハンガリー人は、元々アジア系の遊牧民のマジャール族。
話す言葉の語順も日本語に似ているそうで、名前も姓名の順に言うそうです。



『ブダペスト』


・王宮の丘

ドナウ川西岸・ブダ地区にある王宮の丘。

・ブダ王宮

ブダ王宮


1242年、砦を建てたのが始まり。
オスマントルコ軍や、第2次世界大戦で崩壊し、再建された建物。
「外観は、それらしく建て直されたが、元の王宮とは細部が違う。
中は、まったく違う」と現地ガイドさんが、言ってました。


・漁夫の砦

漁夫の砦 漁夫の砦から

1899年から6年かけて造られた砦。漁業従事者が守っていたため、このような名前が付いたとか。
ここに上がると、ドナウ川 くさり橋 ペスト地区が一望できるビュースポット。



・マーチャーシュ教会

マーチャシュー教会 マーチャーシュー教会

13世紀に建てられ、鮮やかなステンドグラスが美しい教会です。
聖イシュトヴァーンの手のこぶしが、聖魂として収められています。
腐らないそうです。


・くさり橋

kusaribasi
ブダ地区とペスト地区を結ぶ壮麗な橋です。
夜のライトアップも綺麗でした。
くさり橋にライオンのモニュメントがあるのですが、舌がありません。
造るとき、職人さんが作り忘れたという説があるそうです。


・ドナウ川クルーズ

少し寒かったのですが、クルーズ船に乗り川から街を眺めます。
私たちツアーの人だけだったので、日本語の音声ガイド付きでした。


・英雄広場

英雄広場 

広大な広場に迫力ある彫刻が並んでいます。
歴代王や独立戦争に貢献した貴族だそうです。


・トカイワイン

フォルクオーレ トカイワイン

民族音楽と踊りのフォルクオーレショーを楽しみながら食事をしました。
お料理は、パプリカをきかせたハンガリー料理、
ワインは甘口で琥珀色をした貴腐ワインのトカイワイン。
凝縮されたうまみのワインでした。



・年越しカウントダウンライブ

ブタペスト 2連泊で、この旅行の最終日が2009年12月31日

ブダペスト市内の何箇所かで、カウントダウンライブをするのですが、
一番近い、「西駅」へ。
地下鉄2駅。切符を買って、20cmぐらいの箱に入れて打刻をします。
日本のような改札がなく、突然、私服の検察官チェックをしにくるそうです。
切符を持ってなかったり、持っていても、打刻していないと、
何十倍もの罰金の支払いをさせられるそうです。

会場には、多くのハンガリー人が集まって楽しんでいました。
紙製の1mぐらいの円錐型のもので、頭を軽く叩くのが習慣だそうです。

tosikosiraibu tosikosiraibu

tosikosiraibu


かわいい孫を連れたイタリア系ハンガリー人のおじいさんに誘われて
私たちも肩をくんだり、手をつないだりしてステップを踏みながら踊りました。
お孫さんが、吹いていた20cmほどのカラフルな笛も吹かせてもらいました。

ハンガリー人のおじさん ありがとう。

こんな楽しい年越しは初めてです。


そして12時。
新年を迎えると、曲ががらりと変わり、
皆が右手を上げて 静かに しかし誇り高く歌い始めました。
たぶん国歌だと思います。

雨も降ってきたし、帰ろうと地下鉄の駅に行って、券売機にお金をいれましたが、切符が出ません。
おまけにお金も戻ってきません。

気がつくと、地下鉄の入り口にロープが張られ、地下鉄は止まっていました。

タクシーを見つけ ホテルの名前を言うと・・・ 
1月1日なので、タクシー料金以外に ユーロで高額な祝儀を要求されました。
同じツアーの方が、交渉して下さって タクシー料金に少し上乗せして決着。
無事にホテルまで帰りつきました。

日本で除夜の鐘をつく為に 近くのお寺に行ったことはありますが、
カウントダウンライブは初めてで、とても印象深い年越しとなりました。
翌朝、帰国の途につきました。


スロバキア

『ブラチスラバ』


オーストリアのウィーンからバスで約1時間10分で
スロバキア首都ブラチスラバです。

小学校のころ「チェコスロバキア」と習いましたが、1993年、チェコと分離・独立しました。
面積は、北海道の3分の2ぐらいの雄大な山岳のふところにある国です。

通貨が2009年よりユーロになりました。


この日はお天気が悪く、ドナウ川のほとりの丘の上にある
・ブラチスラバ城は霧の中でした。(世界遺産)

晴れていると、ドナウ川と街が見渡せるそうです。

ブラチスラバ城 ブラチスラバ城
テーブルを逆さにしたような形のお城です。(外観のみ)

ミハエルの門からフラヴネー広場へ。

ミハエル門 フラヴネー広場
ミハエルの門は、唯一残っている城門だそうです。


街角で、地面から像が!!!
マン マン
「MAN AT WORK」の標識があります。
何の仕事中なのでしょうか?


オーストリア

『ウィーン』


・シェーンブルン宮殿

シェーンブルン宮殿 シェーンブルン宮殿
右の写真は、宮殿で夜に行われる演奏会のチケットを売っています。

マリア・テレジア・イエローと呼ばれる黄色の外観が印象的な
ハプスブルグ家の夏の宮殿。

広大な宮殿と庭ですが、公開している部屋は40室ほど。
モーツアルトの御前演奏やナポレオンの占領など、部屋ごとにエピソードがあります。
春から夏は美しい花々が咲き乱れるお庭だそうです。


・シュテファン寺院

ウィーン旧市街の中心にそびえるゴシック様式の大教会。

シュテファン寺院 シュテファン寺院
外観が工事中でちょっと残念。

北塔はエレベーターで、南塔は階段で登れます。
勿論、エレベーターで・・・ウィーンの街を一望。
屋根には、ハプスブルグ家のシンボルの双頭の鷲が描かれています。

シュテファン寺院 シュテファン寺院


・オペラ座

ウィーン3泊連泊で、自由行動になっていたので、
ぜひとも、オペラハウスで、夜にあるオペラとバレーを見たいと思い、
12月28日は、バレー くるみ割り人形
12月29日は、オペラ セビリアの理髪師 
を日本から予約して、服装もそれなりに決めて気合を入れていきました。
(あまり気乗りしない主人にも付き合ってもらって)

その前にお昼 15:00~、オペラ座見学ツアーというのがあり参加しました。
入り口の掲示板に、当日の何時にどの言語の見学ツアーがあるかが、掲示されます。各言語ごとに集まり、舞台裏やオペラ座の中を解説付きで案内してもらえます。
オペラ座 オペラ座
 外観        当日の見学ツアーは、こんな感じで張り出されます。日本語は15:00~。

オペラ座 オペラ座
      舞台裏             客席から                  
 
オペラ座 オペラ座
    くるみ割り人形           セビリアの理髪師

私にとって ちょっと「猫に小判」の感はありましたが・・・・
「くるみ割り人形」の方は、親と一緒に小学生ぐらいの子ども達も沢山、
見に来ていました。
これぐらいの年齢から、一流の音楽と舞台を見ることができるウィーンの
子ども達は、情緒や感性が豊かに育つって素晴らしいと思いましたヨ。



・メルク修道院

ドナウ川沿いのクレムスからメルクまで、ヴァッハウ渓谷を
遠くに古城を見ながらバスで走ります。
季節のよいときは、ドナウ川クルーズで、川から古城をながめるようです。

ヴァッハウ渓谷の最後は、メルク修道院。
ハリーポッターに出てくるような 10万冊の蔵書が、古さを感じました。
修道院の中は、大広間の天井のフレスコ画もありましたが、
展示は斬新な現在アートを取り入れていて修道院というより美術館のようでした。

メルク修道院 メルク修道院

------------


ガイドブックを見ると
ウィーン市内に素晴らしい美術館が沢山あるようなのですが、
時間が足りなくて 1箇所も行けませんでした。


そして ウィーンと言えば、カフェ文化。
ゆっくりカフェに入って・・・とは いきませんでしたが、
ザッハトルテ(チョコレートケーキ)とアインシュペンナー(ウインナーコーヒー)は、一応 食べました。
とっても 甘い~~~。


それと ウィーン オペラ座の直ぐ近くの地下に ウィンナーワルツの流れている有料トイレがあります。
トイレ


中欧4カ国10日間

UPが遅くなりましたが、年末年始に
チェコ(プラハ)・オーストリア(ウイーン)・
スロバキア(ブラチスラバ)・ハンガリー(ブダペスト)へ
行きましたので、心に残ったところを紹介します。


ヨーロッパの冬は寒く、日が短い(4時15分には日が暮れます)ので、安いのだそうです。
12月24日出発-1月2日帰国でしたが、2日違いの26日出発だと1人10万円もUPします。
ですからお休みを頂き、24日から出発しました。

出発前のニュースで、大寒波が来て-20℃で凍死する人も・・・・
とにかく、暖かいユニクロ下着とバーゲンで防寒用ブーツを買い、
ホカロンを沢山持って、出発!

☆チェコ☆


世界遺産なのですが、あまり知られていない『クトナー・ホラ』観光へ。

プラハから東へ65km。中部ボヘミアにある小さな街。
13世紀後半、銀が発見されて王立造幣局が設立され、
グロッシュ銀貨が生産され、裕福な街になりましたが、
16世紀に銀が枯渇し、衰退したそうです。


●聖バルバラ大聖堂
中世の栄光の記憶を残すゴシック建築で、
街の大きさからは考えられないほど大きな建物です。
中には立派なパイプオルガンもあります。

クトナー・ホラ クトナー・ホラ

銀山の坑夫の守護聖者で貨幣を造っている人達の様子が
聖堂内にフレスコ画で描かれています。


プラハ

プラハは、街全体が世界遺産で、街並み自体がミュージアムのようです。
建物の博物館のように、ゴシック建築・ルネッサンス建築・バロック建築・
アールヌーヴォー建築と一緒に見ることができます。


●プラハ城

9世紀後半に建設が開始されて以来、チェコの支配者が居城と定めて北場所。
城内には教会や宮殿、庭園などあります。

プラハ城 プラハ城
●正門の衛兵。
微動だにしません。ファーカーフェイスです。
衛兵が常駐していて毎正時に衛兵の交代式があるそうです。
一緒に写真は撮っても良いのですが、触れてはいけないそうです。
それにしても、イケメン~。


●聖ヴィート大聖堂

聖ヴィーと大聖堂 聖ヴィーと大聖堂

プラハ城内にあり、ボヘミア地方のカソリックの総本山です。
圧倒されるほど、巨大です。
現在は王の戴冠式や大統領の任命式などに使われるとか。
荘厳なゴシック様式で、塔の高さは、96.6m。
なんと言ってもステンドグラスが素晴らしい!!
いくつもあるステンドグラスの中で、入り口入って左側、手間から
3番目がチェコ出身のミュシャの作品です。

聖ヴィーと大聖堂 聖ヴィーと大聖堂

黄金の小道カフカ
黄金小路にカフカが一年間、仕事をしていた場所があり、
今は、お土産物の本屋さんになっています。
ちなみに、黄金小路は、錬金術師が移り住んだという伝説からこの名前がついたそうです。

●カレル橋
ヴァルタヴァ川に架かる東西の街を結ぶ美麗な橋。
全長520mの橋の両側に「聖カルヴァリ」や「聖ヤンネポムツキー」など
片側15体ずつ合計30体の聖人の彫刻が並んでいます。

カレル橋

「聖ヤン・ネポムツキー」の台座のレリーフに触ると幸福になると言い伝えがあり、人だかりでした。

橋の両側には塔が建っています。
橋塔には、歩いて登る事ができます。
幅が狭く上まで歩くしか方法がないので、飲食禁止のステッカーの隣に、
杖をついた人が禁止になっていました。
息を切らしながら登ると、まさに絵葉書のような感じで
プラハ城と旧市街の街並みが見えましたヨ。

橋のたもとのマリオネットのお店でピノキオの操り人形を買いました。
街の中には、マリオネット博物館や劇場があり、劇場ではマリオネット
によるドンジョバンニも上演されていました。
17:00~と20:00~だったので、時間が合わずに見ることはできませんでした。


●天文時計

天文時計
旧市庁舎塔の下のほうにあり、縦に円が二つならんでいます。
上は、当時の宇宙観(天動説)に基き、地球を中心に回る太陽と月が
1年かけて一周するそうです。
下は、黄道12宮で1日にひと目盛り動くそうです。

●夜景と夕食
1891年の万博のパビリオンを移築した建物が丘の上のレストランとなり、
そこで夕食。クリスマスのため、皆が休暇を取っているためか
おじさん1人で、厨房とサービスをしてくれるので、恐ろしく時間が
かかる夕食でした。
このレストランは、最近『のだめカータービレ』の1シーンも撮ったそうです。


『チェスキークロムロフ』

ルネッサンス時代の雰囲気がある街並みです。
お城とその中の劇場がありますが、冬は閉鎖されていて
外観だけでした。残念。やはり夏に良い所なのですね。


下呂温泉は紅葉真っ盛り


弟から、「両親を連れて一緒に1泊で旅行しよう」と、珍しい誘い。
4人で下呂への旅行となりました。

合掌村


下呂温泉もみじ 下呂温泉2


旧大戸家住宅をはじめ10棟の合掌造りの民家や、狛犬博物館、
資料館などパビリオンもありました。

その中でも、影絵昔話館 しらさぎ座は、劇団かかし座というプロが
現代影絵劇で、美しい映像・音楽と劇団員のコラボレーションで
下呂の伝説の「しらさぎ伝説」と「力持ち小太郎」を上演。
臨場感にあふれ、影絵でしか味わえない魅力を感じました。

下呂温泉しらさぎ座 下呂温泉足湯
                       足湯も気持ちいい~~

下呂温泉3 下呂温泉 温泉発祥の地


温泉寺

下呂温泉 温泉寺 温泉寺

下呂温泉 温泉寺 下呂温泉 温泉寺
温泉寺の散策道にあった道祖神 20cぐらいです。


温泉博物館
下呂温泉 温泉博物館 温泉博物館
下呂温泉は、日本三大名泉の1つだそうです。
無色透明のアルカリ性単純温泉で、肌がスベスベになるとか・・・

下呂大橋の袂の河川敷に露天風呂がありました。
水着着用で入浴がOKですが、この時期は、ちょっと寒いかも。
囲いがないので、通行人から丸見えですが、
自然を満喫できるかもしれません。
私たちが橋を通ったときは、おじいさんが、一人入っていましたよ。

母とおしゃべりしながら、温泉に入り のんびりした晩秋でした。


2009年9月24日(木) 9月25日(金)

全ての日程が終了し、あとは、2日かけて帰ります。

また、ウズベキスタン タシケントでトランジット。
その後、成田でまた、トランジットで関空へ。


タシケントでは、通常 飛行場にある案内板がなく、
何時にどのゲートなのか分からないのです。
係りの人の指示のみ。

無事、関空に降り立つと・・・まだ、夏のように暑かった。
30度ありました。
体力勝負のロシア旅行は、これで終わりです。


買ったお土産

マトリョーシカ マトリョーシカ
やっぱりロシアと言えば、マトリョーシカ
順番に中に入ります。絵柄もサイズも値段もいろいろ。
雪だるまのマトリョーシカもかわいいでしょ。

オルゴール ペンダント
オルゴール450ルーブル(1500円ほど) 卵型ペンダントトップ€80(1万円ほど)


通貨はルーブルですが、観光客がいくお店はユーロ表示もしてあります。
そういうお店は、ドルも使えました。

ルーブルは(P)と表示されています。
そしてルーブルより小さい単位にコペイカ(K)があるそうです。
1P=100K
レートは、1P=3.4円 ほどでした。


今回 寒くも無く、暑くも無く ちょど良い季節でしたが、
サンクトペテルブルグの冬は平均-10度だそうです。
ロシアの冬は寒くて長いですね。


2009年9月23日(水)

サンクトペテルブルグから36kmバスで移動しプーシキンへ。

・エカテリーナ宮殿へ


サンクトペテルブルグ郊外の皇帝住まいや貴族の教育の場所だったそうです。
エカテリーナ宮殿の直ぐ横に、学習院があり、貴族の子息専用の学校。
学習院


白と青の漆喰、金箔で彩られた優美な宮殿。

エカテリーナ宮殿 エカテリーナ宮殿

靴カバー
靴の上からカバーをはいて見学です。

・壮麗な正面玄関
正面玄関

・大広間
大広間 大広間
建築家ラストレッリの装飾

・叙勲者の食堂
叙勲者の食堂


・琥珀の間
金色の琥珀が部屋を埋め尽くしてていました。
第2次大戦時、ナチスが略奪した後、行方不明に。
現在のものは、莫大な費用と時間をかけて203年に再現されたものだそうです。
この部屋のみ、撮影禁止でした。


緑の食堂、黄金の続き間、ビュッフェの間、青い客間など、いろいろお部屋がつづきます。

エカテリーナ宮殿 エカテリーナ宮殿

エカテリーナ宮殿 エカテリーナ宮殿

・お庭も少し散策
エカテリーナ宮殿の庭 エカテリーナ宮殿の庭

宮廷内のお土産物やで、折りたたみ傘を購入。
素敵な絵柄で気にいって買ったのですが、一昔前の日本の折りたたみ傘のように、頑丈で重い・・・。


・昼食「キエフ風カツレツ」
鶏肉をフライにした感じ。ちょっと油っぽかった・・。



・ハブロフスクへ(プーシキンから5km)

ハブロフスク宮殿

ハブロフスク宮殿 ハブロフスク宮殿

ハブロフスク宮殿 ハブロフスク宮殿

ハブロフスク宮殿 ハブロフスク宮殿
宮殿に来た人に見せるための豪華なベットと化粧品

ハブロフスク宮殿 ハブロフスク宮殿
                    宮殿内にある皇帝専用の教会

ハブロフスク宮殿 ハブロフスク宮殿
だまし絵 キューピットと矢がどの角度から見ても、自分の方に向いています。


また、バスに乗り38Km サンクトペテルブルグへ戻ります。


サンクトペテルブルグへ戻って夕食後ナイトツアーに

コートなしでは、寒~い!

・スモーリヌイ修道院

女性が初めて教育をうけることが施設

スモーリヌイ修道院 スモーリヌイ修道院
                   夕方、バスの中から撮った写真


・血の上の教会(スパーズ・ナ・グラヴィー大聖堂)

9つのタマネギ型の塔をもつロシア風大聖堂。
1881年アレクサンドル2世暗殺後、その死を悼んで建てられました。
ロシアでは流血した現場に教会を建てる習慣があるそうです。

血の上の教会

サンクトペテルブルグでは、晴天の日が1年を通して30日ぐらいなので、天気の悪い日も街が美しく見えるように、カラフルな建物が多いのだそうです。


2009年9月22日(火)

サンクトペテルブルグのモスクワ駅
朝、サンクトペテルブルグにあるモスクワ駅に到着。
荷物を駅の改札まで運んでくれるポーターさん。

サンクトペテルブルグのモスクワ駅 サンクトペテルブルグのモスクワ駅
駅の構内も美術館のようです。    サンクトペテルブルグにあるモスクワ駅外観

寝台列車んの中ででも、少し朝食は出たのですが、
近くのレストランで朝食、洗面。
寝台列車の朝食
寝台列車の中の朝食
右のお皿にのっているのが、「ブリヌイ」で、クレープとよく似ています。
奥の小さいビンには、ジャムではなく、いくらの塩漬けが入っています。
ブリヌイに、いくらやハムやクリームをトッピングして食べます。


・サンクトペテルブルグ観光


サンクトペテルブルグは、ネヴァ川といくつもの運河が街並みを彩る水の都。
ピョートル大帝によりこのデルタ地帯に人工的に造られ、運河には沢山の橋がかかっています。
ロシア第2の都市。

ネヴァ川から見えた景色
ペテロパヴロフスク要塞 ネヴァ川
ペテロパヴロフスク要塞             博物館

ネヴァ川 エルミタージュ
  何の建物かわからなかった            エルミタージュ



・聖イサク寺院

イサーク大聖堂 イサーク大聖堂

4万人が建設に参加した、世界最大級の寺院建築。
インテリアには400kgもの金、16tもの孔雀石が使われているといいます。内部の大理石も凄いらしい・・・
巨大なクーポラの周囲は展望台になっています。

団体旅行の悲しいところで、ここは外から見るだけとなっていますので、
1人、勝手こともできず、外から見上げるだけでした。


・ピョートル大帝の青銅の騎士像

青銅の騎士像

エカテリーナ2世が建立した、ピヨートル大帝の青銅の騎士像の馬の脚は、スウェーデンを意味する蛇を踏みつけています。


・昼食「ビーフストロガノフ」

ビーフストロガノフ


・エルミタージュ美術館

大小エルミタージュ、新エルミタージュなど、現在5.7万平方キロメートル、1400室以上。コレクションは300万点を超えるそうです。

とにかく広い。
エルミタージュ美術館 エルミタージュ美術館

・大使の階段

エルミタージュ美術館 大使の階段
宮殿の正面玄関でヨルダンの階段ともよばれ、2Fの玉座の間に賓客を迎えるのに使われた。贅沢なバロック様式。

・ピョートル大帝の間(2F)

ピヨートル大帝の間
皇帝の権威を示す双頭の鷲、王冠、大帝のイニシャルなどの装飾がありました。


・1812年祖国戦争の画廊(2F)

1812年祖国戦争の画廊
対ナポレオン(祖国)戦争の英雄300人以上の肖像画。
正面は、アレクサンドル1世。


・玉座の間(2F)

玉座の間
天井の金箔を貼った模様と同じ模様が、床の寄木細工で描かれています。


・パヴィリオンの間(2F)

パヴァリオンの間 パヴァリオンの間

エカテリーナ2世が住んでいた部屋。
金色の「孔雀の時計」がしかけ時計になっていて、孔雀が羽を広げるなど
動くのですが、いつ動くのか分からないそうです。
時計の刻む音だけが、スピーカーを通して聞こえていました。
ローカルガイドさんも、何度も案内してこの宮殿にくるけれど、
動いているのを見たことがないと言っていました。

ムーア卒業式庭園風の床は、モザイク。
パヴァリオンの間


・レオナルドダヴィンチの間

リッタの聖母
リッタの聖母

聖母のお顔が、エルミタージュのチケットに印刷されています。

・ラファエロの回廊
エカレリーナ2世が、ヴァチカン宮殿の回廊に描かれていたイタリア人のラファエロの作品を、模写して造らせた回廊。
ラファエロの回廊

このほか、イタリア美術、スペイン・オランダ・フランダース美術
また、1Fには、古代ギリシャ・ローマ文化、
3Fは近代西洋美術、マティス、ピカソ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ、
ルノアール・・
もう、時間が足りなくて・・・
集合時間ギリギリまで鑑賞していました。

もともと宮殿なので、敵に攻められたとき、侵入されにくよう
2階から3階への階段の場所が非常に分かりにくくなっています。

集合時間5分前、3階から下りてきたのですが、美術館が広くて
どこに下りてきたのがわからなくなり、
たまたま警備で回っていたお兄さんに、「大使の階段」の場所を指差して
「ここに行きたいのですが・・」というと、
ちょっと考えてから、説明しても分からないと思ったらしく
付いて来いというパフォーマンスをしてくれ
いく部屋もまだ、通っていないところを通りながら
案内してくださいました。
おかげさまで集合時間に間に合いました。
ありがとうございました。
本当に、広いし、コレクションも膨大です。


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