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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 ただ今は帰国し、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。 ホームページ(2005年7月~2006年5月)は、「リンク」のところにあります「太田桜花堂 ベトナム便り バックナンバー」とクリックして頂くと入れます。
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今日の 朝ドラ見て ドキッとしました。

天陽君と 妻・靖枝さんが、アトリエに顔を出したあとの
ドラマの展開が

あまりに 主人の時と よく似ていたから・・


主人が亡くなる1ヶ月ほど前、
(入院して1ヶ月 経ったころ)

私が「じゃあ、明日もくるね」と
病室を出ようとしたら 

同じように 腕をつかまれて

落ち着いた 暖かい声で
「もう帰るのか? もうちょっと ここにいたら・・」
と言われ 引き寄せられ ハグされました。

そして 今までのこと 感謝の言葉を口にしながら
「○○と結婚して本当によかった・・」と言ったのです。

私も 「早く治してね」と言ったら
主人が「ありがとう」と言ったのです。

場面も人も 勿論 違うけど ・・・

死期を悟った夫。
まだまだ そんなことは思っていなくて 治ると信じている妻。

全く同じような反応で 朝から ぞくっと しました。


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主人の大学のときからの友だち 3組夫婦で
お互いの家の行き来、
近場の旅行なども 何回か行きました。

先日 「お仏壇に手を合わせたい」と
夫婦2組で 来てくださいました。

3年前のお葬式以来。

昔の思い出など・・・

やっぱり 主人だけが いないのが、寂しくて 辛い。

ーーー
地域の 繋がりのグループ。

こちらも 夫婦で参加していました。

「女子会するので」と 呼んでくださって。
楽しく団らん。

途中から、ご主人たちも呼ぶことになり・・・

やっぱり、主人だけが いない。

ーーー

頭では分かっている。

皆、私の事を 気にかけて 見守ってくれている。

でも、やはり 辛い。


6月8日 主人の3回目の命日。
もう3年経った。いや まだ 3年しか経っていない。

お坊さんは、呼びたくない。
呼んだところで 仕方がない。

子とも達にも 帰ってくるようには 言わなかった。

遺族会で知り合った 83歳のおじいさん。
アマチュア映像のリサイタルを 友人と2人で
6月8日する と言う案内をもらっていたので、
そちらに 行くことにしました。

14本の映像。トータル 4時間近く。

ベトナム 「ホイアンの人びと」というのもあり、
懐かしくベトナムを思い出したりして。

最後の2本。
亡くなった奥さんに「君の生涯よく頑張ってきたね」
そして最後は、「私の生涯もう少し」というタイトルで
生き方を模索しての作品でした。

私は これから 何を目標に生きるのだろうか?
今は 毎日、しなければならないこと 時間におわれて しているだけ。

そして 私の人生は、平均寿命まで生きるとしたら
まだ20年以上もある。








主人の三回忌を終えました。

もう2年経ったのです。




 連休 最後は、女子会。

5つ星ホテルのアフタヌーンティーを頂きながら
おしゃべり三昧。



イギリスで頂いたアフタヌーンティーより
繊細で美味しいと思いました。


主人が亡くなって1年9か月。
三回忌の日を決めて 親戚に連絡しました。

最近、日々の暮らしの中で、号泣することが めっきり減りました。

ひとり暮らしではあるけれど、
仕事があったり、両親や子ども達にも 頼りにされたりで
毎日、何かしら 忙しくしていることで
心も安定してきています。

喪失感、むなしさ、寂しさ、などとの色々な感情と
日々、適当に折り合いを付けながら 暮らしています。

主人が亡くなったという事実を受け入れようとしたり・・・、
又 一方で ひょっとしたら、今は、ちょっと海外にいるので 
時間が経てば帰って来てくると 妄想に陥ったり・・

主人が亡くなるまで、
死というものを 身近に考えたこともありませんでした。
今は、自分の死についても 考えることがあります。

私は、これから 何年 何十年 生きるのでしょうか?
これから どのような人生を生きていくのだろうかと。

また、なぜ、自分が残されたのかという 意味を考えようとしたり、
考えてもしかたのない、後悔をしてみたり・・

入院するとき 看護士さんが、「心配事ありますか」の質問に
「残こしていく 家内のことが 心配です」と言った主人。

あの時、もう死を覚悟していたのかなぁ
私は、手術が成功して 家に帰れるとばかり 思っていたのに・・

心配かけないように ちゃんと 頑張って生きています。

どこかで見守ってくれているのなら
声が聞きたいし、姿を見たい。




息子に ヴェルディ-の「椿姫」のDVDを持っていたら見せて
と言ったら、快く DVDを貸してくれました。

それ以外に プティーニの「ラ・ボエーム」と
「ラサへの歩き方 祈りの2400km」も一緒に。

息子は、数年前に 青海鉄道に乗り、
チベット旅行をしたことがあり、
その時の印象が強かったのだと思います。

このDVD
チベットの小さい村から 聖地ラサ、そしてカイラス山へ。
はるか2400kmを “五体投地” で、ほぼ1年かけて歩く、
11人の村人のチベット巡礼旅です。

過酷に見える巡礼なのに、なぜか楽しそうでした。

祈る。歩く。眠る。笑う。

村人の巡礼の旅。
今の私たちの生活からは想像もできないような人間関係。
心の持ちよう。
 
個人が中心になり、物質に溢れる現在社会に生きる私たちの
忘れてしまっている喜びを
彼らは持っているように思いました。




朝聞いた 基礎英語・・

ウキウキしている友人に
Did you win the lottery?
日本語訳:いいことでも あったの?

このフレーズを聞いて

12月4日 当選発表の宝くじを買っていたことを思い出した。

急いでネットで確認・・

残念な結果でした。


先週、実家に行った時、

いろいろ 片付けているらしく・・

私の幼稚園や小学校(1・2年生)で書いた 絵、作文、日記を
取ってあったので、
それを持って帰るよう言われて・・

大きな紙袋 2つを持って帰った。

半世紀以上も前の作品たち。
埃も、傷みも ひどい。

捨てる前に せめて写真にでも 残しておこう。

作文は、稚拙だが、当時の日常が よみがえる。

絵も、お世辞にも 上手とは言えない物ばかり。

一番 笑えたのは、

幼稚園の作品の中の1つの絵で
白い画用紙に 白い絵の具を塗って 
その上に 黒で 目らしきものも 2つ。

先生のコメントが添えられていた。
「今度は、色画用紙にシロクマを かきましょうね」

この白い塊、「シロクマ」だったんだね。

と、当時の私を いとおしく思う。



65歳ぐらいの いとこ(女性)。
タバコも吸わないのに 肺がんになったらしい
と、実家から知らせがあり、お見舞いに。

1年前に腰が痛くなり 整形外科に行ったが、治らず、
その後の調べて 肺癌が分かり 一旦、入院治療をしたらしい。

今は、通院治療中。

ステージ4 
転移があって 手術ができない。
でも、気持ちで病気に負けたくない。

と言いながら 気丈に振る舞う。

なんと、声をかけたら良いのか・・・




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