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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 ただ今は帰国し、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。 ホームページ(2005年7月~2006年5月)は、「リンク」のところにあります「太田桜花堂 ベトナム便り バックナンバー」とクリックして頂くと入れます。
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昨日の ささえ愛ネットの集まりで
〇〇大学のグリーフケアの先生が来られて 話をお聞きしました。

グリーフとは、「悲嘆」です。

自分にとって大切な人を失うことで起こる「喪失感」を感じることは、
人間として自然なことです。

ここでは、安心して話をして泣ける場所に。

その際、ここで聞いた話を外で言わない。守秘義務。

自分と他人との 悲しみ比べをしない。
悲嘆はそれぞれの体験であるので、
プロセスが違う。関係性が違う。別れ方が違う。歴史が違う。

人の話の批判をしない。
大事に話を受け止める。

アドバイスはしない。

言いたくないことは 言わなくて良い。
無理に聞き出さない。

それで、この場所が居心地が良いのですね。

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今日は 月に1回の 遺族会の「ささえ愛ネット」の日。

いつもは、第一土曜なのに。
取れなかったそう。

会議室は、6か月前に来館して予約してくださっているそうす。

翌日からは、ネットでも予約できるらしいのですが、
大体は、もう フルになっていて なかなか取れないそうです。

ささえ愛ネットは、NPO法人です。
役員の方はご苦労いただいているのが分かりました。

場所は、ドーンセンター Dawn Center
    大阪府立男女共同参画・青少年センター

Dawn は、夜明け の意味だそうです。

ーー
最近、日常で 泣くことが少なくなった。と自分でも思えます。
でも、この会に参加すると 自分の心を出して 泣くことができます。
今の私には、必要な居場所です。


NPO法人 ささえ愛ネットの月1回の「暖話室」。

タイプミスではなく 談話室を「暖話室」としています。

本当に色々な方がいらっしゃるものです。

皆、肉親と悲しい別れをした方ばかり。

悲しみにくれる人を、同じ経験をした先輩の方が
ささえてくださいます。

いろいろ悔いは残るけれど、
私には、まだ、お別れを言う時間がありました。
本当に短かったけど、看病もしました。
主人からも 感謝の言葉をもらいました。
その言葉が、今の心の支えです。

1年過ぎて、泣くことが少なくなりました。

悲しみを心の中に 置いて置く場所を見つけたような。

この会のメンバーの方の名言。
【人生のどこかで「一人でいても大丈夫」という思考上の回路を作っていく】



昨日は、「ささえ愛ネット」遺族の会の日でした。

そこで知り合った70歳ぐらいの女性、
もう、数回お会いしているのですが、
とっても とっても グレイトな方なのです。

もう、10年以上も前にご主人を亡くされて、
ご主人の遺影が、今の自分よりどんどん若くなるので
最近 猫の写真を上から掛けた と仰っていました。

その方のご両親の教育方針が
「不平不満は人生の敗北者の悲鳴」というものだったそうです。

すごい 名言だと思いました。


そこで、ふと 思い出したのが、主人が
「“” 人生 ぼやき つぶす “” 言う言葉を 
 母から教わったので、不平を言わないようにしている」
と言ったことでした。



月に1回の「ささえ愛ネット」に参加しました。

今回、ここ半年~2年内にご主人を亡くした4人グループで、お互いの話をしました。
しかも、奥さんは 皆50代でした。

私だけかと思っていたことが、そうでは無かったことに気が付きました。

4人とも、癌の発見から 亡くなるまでが、
3か月ぐらいで、入院しながらも 何も治療が出来ず、
ただただ、弱っていく主人を 見守るしかなかったこと。

世間では、癌を宣告されて 何度も 入退院を繰り返しながらも
何年も生きている人が 沢山いるのに
どうして、あんなに早く逝ってしまったのか?

何が悪かったのか と 悩み、自分を責めたこと。

何かもっとしてあげられることが あったのではないかという
後悔と、主人を亡くした言いようのない寂しさに
なんども 声を上げて泣いたこと。

悪気の無い 励ましの言葉に 傷ついたことがあったこと。

世間が楽しい、クリスマスや 正月、祭り、
土日の家族でのスーパーでの買い物に出くわすのが辛いこと。

誰もいない部屋で 人の気配を感じたことがあった。

なぜ、自分が残ったのか?
これからの長い人生、どう生きていけばいいのか?
答えは、まだ 分からない。



昨日の遺族の会は、目の不自由な方がスピーカーで
体験談を話されました。
その中の詩に感動しました。

「眠れぬ深夜、猫の額ほどの庭に出て、
 目の見えない私は、
 亡き父が植えてくれたサザンカにそっと触れた。
 葉っぱと葉っぱの間のつぼみが 
 また少し大きくなっているのを指で感じる。
 自然の移ろいの中で 人知れず根っこを伸ばし、
 酷暑強い日差しもあるがままに受け止め
 やがて 寒さの中で凛として花開くのは
 いったい 何のため?
 自分のため?
 それとも 私のため?
 いや きっとただただ一生懸命なだけ。
 見習わなくっちゃね。
 小さなつぼみに触れていたら、
 見えるはずのない 可愛いピンク色のサザンカと
 父の笑顔が浮かんだ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、「分かち合いと語り合い」の時間。
5~6人ほどのグループに分かれ、話をします。

昨日は、私の順番が回ってきて 主人の話をしたら、涙が出て・・・、
他の人の話の時も、その話の内容に関係なく 涙が出て・・

私が やたらポケットティッシュを使うもので
横のおじさん(奥さんを亡くされた)が、
自分のポケットティッシを そっと くださいました。

昨日は、なぜ あんなに涙が出たのか 自分でも分からない。

お世話役の女性が
「ここは 泣いて良いんですよ。」
と声をかけてくれました。


遺族会のワークショップに参加してみました。

「伝わるように伝えるためのレッスン」
と題されていました。

5人の登場人物がいる短い物語を読み
その登場人物について「好き」「嫌い」で1~5の順位をつけます。
4人1チームで、グループで話し合って、
順位付けをします。

正解はありません。30分という制限時間内に
納得できるまで話合って
グループとしての結論を出します。

人それぞれのものの考え方、価値観に気付きながら
お互いの理解を深める。というのが目的のようでした。

私が「好き」と付けた人に、その人は「嫌い」とつけていました。
その理由を聞いたとき、そんなものの見方があるのか?
と思うような意見を言ったのです。

===================

ワークショップが終わって 
まだまだ、主人のことから立ち直れていない私を見て
その方が、私にアドバイスをくれました。
ーーーーーーー
・感情に焦点を当てない。
・行動に焦点を当てる。

 涙が出るのは、喪失による心因反応なんですよ。
それで正常ですからね。

起きたことは、もう自分ではコントロール出来ない。
と言うことを知る。
これは脳の外のこと。

脳の中はコントロール出来るから
未来は、思考する。
think の中にある。

そして「常に善いことを考える。」と
ソクラテスが言っています。と。
ーーーーーーーー
本当に、そのアドバイスに納得しながらも、
今の私には、かなり 努力のいることやなぁと
思いました。
先は長い。ゆっくり行こう~~。


娘から1ヶ月ぐらい前に
「NPOで “遺族支えあい” のグループがあるので
一度 集まりに行ってみない?」

と言われ、私は “”もう元気になったのに・・“”
と思ったけど、
きっと 娘が勧めてくれるぐらいだから、
まだまだ、立ち直れていないと うつっているのだろう。
せっかく勧めてくれたので 行ってみることに。

その集まりは 天満橋で今日のお昼から。

「ここに出てくることができることが
第1歩を踏み出したことになります。」
とお世話役の人から挨拶があった。

この会は 大事な人を亡くした人々の集まり。
そして 殆どの人が私と同じ 一人暮らしになってしまった人。
境遇、バックグランドは様々だけど。

大事な人を亡くした境遇の人達と語り合うことで 
癒されたり、元気をもらったり。
何かに気付くきっかけになれば、
と言うのが趣旨の集まり。

ある方の、
「スーパーなどで老夫婦が仲良く買い物をしている姿を
見かけると たまらなく 辛くなる。
私たちも、こうなるはずだったのに・・
なぜ、私を残して先に行ってしまったのか!
と、思いながら、さっさと必要はものだけ買って
直ぐに出てくる。」
と言う話は、私が最近感じていたことと同じでした。

また、別の方は、
「私は一人でも大丈夫と主人が思ったから、
 先、主人が逝ってしまったんだ」
と思うようにして、いろいろ頑張ってしている。
と言っておられました。

私は まだ、そんな気持ちにはなれない けど。
本当に色々な人がいるものだと思う。

私が、主人が亡くなって4か月までで 
ここにたどり着いたことに、
来られていた方から、
「娘さんがいて 良かったね」と言われた。
その方は、息子さん二人とか。
娘と息子は、気遣いの仕方が やはり違う。

今回の集まりは、初めに30分 アイリッシュ・ハーブの演奏。
その方の弾き語りで「千と千尋の神隠し」の中の歌詞に
 “”生きている不思議 死んでいく不思議“”
というのがあった。
生きていることも 死ぬことも 人間の力だけでは
説明できない。何か大きな節理の中にあるのかも知れない。

今日は、色々な方とお話も出来たし、行って良かった。

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地下鉄で一駅しか離れてないので
大阪歴史博物館の特別展の真田丸を午前中に見てから行った。

ここも良く主人と来た場所の1つ。


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