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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 ただ今は帰国し、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。 ホームページ(2005年7月~2006年5月)は、「リンク」のところにあります「太田桜花堂 ベトナム便り バックナンバー」とクリックして頂くと入れます。
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●海峡ドラマシップへ

施設のテーマは「海峡」、コンセプトを「海峡のドラマ館(人・歴史・
ロマン)」として、関門海峡にまつわる歴史、文化、自然を紹介しています。
源氏と平家の、武蔵と小次郎の戦いの舞台となった関門海峡。
大正ロマン漂う街並みを闊歩しながら歩いた人々など再現しています。


●門司港100周年

展示を見ていると、係りの方が、
「門司港100周年でイベントがあり、目の前の港に海王丸が入港します」
と教えて下さったので、屋上に上がり、入港の様子を見ていました。
歓迎の放水を受け、大きな船体はタグボートに曳かれながら
ゆっくり入港してきました。
門司港100年 門司港100年

建物を降りて来たら、丁度、歓迎セレモニーが始まり、
市長や可愛い幼稚園児からの贈り物なども手渡されていました。

その中に ハノイに行く前、東京での研修でご一緒だったK3さんの姿が!
4年ぶり こんな偶然があるのかしら! と驚きました。
セレモニー終了後、主人共々、偶然の再会を喜びました。


・関門連絡船で下関へ

門司港から唐戸桟橋まで5分という短い船旅。片道390円。
関門船


・唐戸市場(下関市)

市場の中は、活気あふれる声が飛び交っています。
お腹もすいたので、先ずは市場の中の食堂へ。

唐戸市場 唐戸市場
下関と言えば「ふぐ」。
しかし新鮮な「うに」も捨てがたい・・・・。と迷ってしまいました。
結局「うに定食」に決定!


・市立下関水族館 海響館

suizokkann suizokkann
左:海中トンネルの頭上に鰯の大群。
右:スナメリが“バブルリング”を作っているところです。


・亀山八幡宮

平安時代に建てられた古社。
亀の像をなでると延命長寿で過ごせるそうです。
mojikou mojikou


・赤間神社

赤間神社

壇ノ浦で戦いに敗れ、8歳で入水した安徳天皇と平家の武将を祀っています。
安徳天皇の命日の5月2日から3日間、先帝祭が行われるため準備がされていました。
(私たちが訪れたのは、5月1日でした。)

平家の亡霊に琵琶を聞かせたと言う、耳なし芳一も平家一門のお墓のそばに祀られていました。


・みもすそ川公園
みもすそいし みもすそいし

幕末に4ヶ国艦隊を砲撃した長州砲の砲台跡があり、5門のレプリカが設置されています。

壇ノ浦古戦場を一望できると言う事で、平知盛と源義経の像もありました。


・関門トンネル(人道)

関門トンネル 関門トンネル

地下にある幅4m 長さ780mトンネル。
山口県と福岡県の県境を示す表示があり、歩いてこの境界線を越えるとき
ちょっと感動。


また、門司へ戻って来たので、同じビジネスホテルでもう1泊。
1回、楽をすると、なかなか、車の中で泊まる気持ちには・・・。
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やはり、車で寝るのは、朝晩の冷え込みが身にしみます。
いくらワゴン車といっても、やはり車の中は狭い。
それに夜中にトイレに行くのが大変。
あえて不便を体験してみるの良いのですが・・・
疲れます。

主人が、DC(直流)からAC(交流)電源にかえるインバーターと
バッテリーを車に積み込んでいたので、電機毛布と電気スタンドが
使えました。

インバーターって何?
”矩形波”と”正弦波”があり、”正弦波”のほうが綺麗な周波数を
描くので、電子機器にはよいとか・・・
「サインカーブがあるやろ・・・」
「昔、数学で習ったような・・・・???」
私の反応に主人は説明をあきらめました。

まあ、何時にどこに着かなければならないという制約がないので、
気楽なもんですが・・。

適当に、SAで朝ごはんを食べ、また、出発!

10年ぐらい、車で遠出したことなかったけど、
結構、SAが充実しています。

安芸の宮島SA
宮島SA
SAの鳥居の奥に備え付けの望遠鏡があります。
それで見ると本物の安芸の宮島の朱塗りの鳥居が見えました。

防府SAであんまり気持ちのいい風が吹いていたので、
車の中にバスタオルを吊って お昼ね・・・・。
防府SA

門司まで行って、高速道路降りました。
本当に1000円!

門司の街の中に入ってくると、たまたま、駐車場の近くに出光美術館があったので「ルオー展」を見学。
出光美術館
ルオーのキリストをテーマにした宗教画や風景画など400点が展示。

レトロ展望室に登って門司を一望。
門司タワー1 門司タワー-2

門司6 門司7

門司8 門司10

門司9
レトロな雰囲気いっぱいの門司の街。

今日は、ビジネスホテルに泊まろう!
(車はしんどい・・・)
門司駅構内にある観光案内所に行って、親切なお姉さんに
教えてもらったビジネスホテルへ
10%割引もゲット!

最上階に展望風呂があり、ライトアップされた関門橋が見えました。
リーズナブルなのに綺麗でなかなか良かったですよ。

門司11
レトロ地区の夜景


今頃ですが、ゴールデンウイークにETCを付けて門司→下関→萩→津和野へ。

今日から、ETCを付けるのに補助金が出ると言う日にオートバックスへ。
(我が家にしては、珍しく行動が早かった。)

安物のカーナビも付け・・・。オンボロ ワゴン車で・・・。

5月29日(祝)さあ! 1000円でドライブ!
西の方へ行こう!(行き先決めずに)

出発前に、ネットで高速道路の渋滞を調べると・・・・
既に、宝塚付近で25kmの渋滞・・・・(やっぱり)
1000円だもの・・・渋滞するよね。

それでもルートを少し変更して出発。

湾岸高速を通り、カーナビは一般道へ降りるよう言ったけど・・・
無視して、そのまま高速を走ると・・・
上下になっているためか、カーナビは指示通り一般道へ降りたと思い
「右へ曲がれ」と言ってくる。
高速には当然そんな道はないのです。
カーナビは、上に高速、下に一般道のときは、判別できないのですね。
我が家のが、安物だからかも?

PM5:30 今日は、中国自動車道小谷SAで寝よう!
「山陽自動車道でした。コメント入れて下さった小飛さ~ん。ごめんなさい。間違いました。」書き直しです。

サービスエリアは、トイレも水も食料もある。
ここはシャワーもあるし、無料のマッサージチェアーも2台あります。
女性用シャワーは、1人ずつ。まだ、時間も早ので空いていました。

夜、あたりを見渡すと・・・・
私たちのように、ここで夜明かしする人が結構いるみたい。


2009年1月1日

AM5:00 モーニングコール
6:00には荷物だしを言われていたので、寝ぼけながら準備をしていました。
5:45ごろ非常ベルが鳴り、ドアを開けると、一番近い階段を通じて下の階から白い煙が・・・
焦げ臭い臭いも・・・

スーツケースを閉めるよりも先に
パスポートと貴重品だけもって、反対側の階段で1階ロビーまで・・・

なぜか私達が一番乗り・・・
ホテルの従業員は、対処しようとしない・・・

宿泊客がゾロゾロと集まってきたけど・・・
誘導も説明もないまま、皆、ロビーで待機・・・

添乗員が、「荷物を廊下に出してきましたか?」
「????」
「こんな事情なので保険はおりるでしょうが・・・」

私達の部屋が、火元も直ぐ上にあり、敏感に反応したけど・・・
大きなホテルだったので、遠い部屋の人は、何の気配もなかったようで
のんびり構えていたようです。

火事騒ぎ(ボヤ)は、従業員のタバコの不始末が、キッチンの段ボールに
ついたのが原因だったそうですが・・・・

朝食をとり、気を取り直して、今回の旅行の最終日程へ出発。


・オールドカイロへ

・ガーマ・ムハンマド・アリ

オスマン朝様式の巨大ドームとミナレットをもつモスクへ
内装も大きなシャンデリアやランプがあり豪華でした。

ムハンマドアリ1 ムハンマドアリ2

ムハンマドアリ3 ムハンマドアリ4

右:中庭には、ルクソール神殿のオベリスクを贈ったお返しに、
フランス政府から贈られた時計が飾ってありました。
今は動いていませんが・・・。

高台にあるので、カイロの全景見渡せました。


・聖ジョージ修道院

聖ジョージ修道院1 聖ジョージ修道院2

聖ジョージ修道院3 聖ジョージ修道院4


・コシャリ

コシャリ
エジプトの「混ぜご飯パスタ」のコシャリは、エジプトの定番のファーストフードです。
(ちょっと脂っこい)
デザートは、甘~い 甘~い シロップ漬けのパイ。


・カイロ博物館

カイロ博物館 館内は撮影禁止でした。

1階 ロゼッタストーンのレプリカ。
アクエンアテン王の巨像、ハトシェプスト女王のスフィンクス。
書記座像やカ・アペル像、ラーホテプとネフェルトの座像。

廊下にも通路ににも処狭しと展示されています。
とても時間がたりません。

ツタンカーメン王のものが、2階に展示されています。
王の中でも、副葬品か少ないほうだと言われていますが、
もの凄い!!!!!!!

一番有名なのは、ツタンカーメン王の黄金のマスク。
少し暗い展示室は、黄金の輝きを鮮明にします。
ラピスラズリという濃い青色の宝石も印象的です。

ツタンカーメン王の墓の入り口を守っていた2体の立像。
肘掛が翼になり、足はライオンの足をモチーフにしたツタンカーメン王の玉座。
本当に多くの品があります。

ラムセス2世を初め、多くのミーラもありました。

現在、ギザに新しい考古学博物館を建設中だそうです。


・ハンハリーバザール

ハンアリーバザール1 ハンアリーバザール5
細い迷路のように何本も道が分かれています。
金属細工や革製品、貝をモザイク模様に貼った工芸品などいろいろです。

ハンアリーバザール2 ハンアリーバザール3
趣のあるランプ

ハンアリーバザール6 ハンアリーバザール7

ハンハリーバザール8 ハンアリーバザール4
     ラクダの皮のサンダル      シーシャという水パイプ


この後、空港へ

シュクラン(ありがとう)
マッサラーマ(さようなら)

また、ドーハ経由で2009年1月2日 16:00ごろ関空へ着きました。


2008年12月31日

・ギザのピラミッド

ピラミッド1
バスでホテルから10分ほど、街なみの間から、ピラミッドが見えてきます。
(バスの中からの写真です。)

ギザのピラミッドは、約4500円ほど前、古代エジプト王国第4王朝の
時代に造られました。


・クフ王のピラミッド

本来は高さが146mだったそうですが、頂上部分がなくなっていて、
10mほどの鉄の棒が建っています。

本来は、化粧岩で覆われていたようなのですが、今は下のほうにほんの少し残っているだけです。

クフ王

クフ王3 クフ王2
近づくと1つの石が、本当に大きい!

ピラミッドへの入り口は、盗掘用として開けられた穴です。
(右の写真の、真ん中あたりに人が集まっているところです)

プラミッドの外をそこまで登り、入り口から入ります。
内部は、急な傾斜で腰をかがまないと進めない低いところもあります。

玄室に向かう回廊は、見上げると石が積みあがっているのが良くわかります。
(内部は撮影禁止)
以前TVでここは、カーの通り道ではないか、というのを見たように思います。
一番奥の玄室は、暗い広い空間にになっていて空気穴がありました。


ピラミッドには、いまだ解明されないピラミッドパワーがあるそうです。
物が腐りにくいとか、怪我が早く良くなったとか?


・カフラ王ピラミッド

カフラ王1

3つのピラミッドの真ん中にあり、高さ143m。
頂上部にには表面を覆っていた化粧岩も見えます。


・メンカフラ王プラミッド

メンカフラ王

3大ピラミッドの一番奥にあり、高さ65.5mと3つの中では小さいです。

ピラミッド2 らくだ

ちょっとだけラクダに乗って、気分を味わいます。
乗るとき、ラクダは足を曲げて座ってくれますが、立ち上がるとき、
急に高い位置になるので、落ちないように鞍についている前後の棒をつかみます。


・スフォンクス

スフィンクス1 スフィンクス2

人面獣身で前長57m、高さ20m。
長いアゴヒゲは大英博物館にあるそうです。

ここでハプニング!  風が吹き、右目に砂が・・・・・・
痛くて目が開けられない!!!!!

急いでコンタクトを外しましたが、右目から涙が出るし、半日
ぼやけていました。

日本に帰ってから、眼科へ・・・
幸いたいしたことにはなっていなくてホットしました。


・ピラミッドの見えるレストランで昼食

昼食 昼食
                      定番のパンの“アエーシ”

昼食後、バスで移動


・ダフシュールのプラミッド

ギザと違い、砂漠の中にあります。
イメージを大切にするため、この周りには、建物を建ててはいけないことになっているそうです。


・屈折ピラミッド

屈折ピラミッド 屈折ピラミッド2

下部の傾斜は52度、上部の傾斜は43度。
理由ははっきりしないらいのですが、
真正ピラミッドが崩れて失敗したためとか、
王の死が近いので急いだからとか・・・・・


・赤ピラミッド

赤ピラミッド 赤ピラミッド2

赤い石が使われているので赤ピラミッドと呼ばれています。
断面が二等辺三角形の真正ピラミッドの中では最古だそうです。

中に入りました。
玄室までの階段は、けっこう急です。
それに、奥に行くしたがって、アンモニアの臭いがします。
これは、鳥の糞によるものだそうです。


・メンフィス

メンフィスは上下エジプトを統一したメネス王によって、紀元前3000年頃
首都になり、第6王朝時代が最盛期だったそうです。
現在遺跡の周辺は、農村があるだけです。

ラムセス2世の巨像
メンフィス メンフィス2

メンフィス4 メンフィス3
ラムセス2世像の手首にカルツーシュが彫られ、印をもっています。
像の方が建物の入り口より、大きい理由は、
もともと、この像があったところに、この建物を建てたそうです。

メンフィス5 メンフィス6
屋外にもいろいろな石造が展示されていました。


・カイロのホテルで年越し

2008年12月31日 年越しライブがホテルの中庭・プールサイドで行われます。
このホテルは、プールを囲むように建物が建っていて、殆どの部屋がプールに面しています。
ということは、どの部屋もかなりの音量で聞こえてきます。

ホテル3 ホテル4 
TV撮影?が入っていました。              ベリーダンス

ホテル5 ホテル6 

ホテルのシェフたちの気合の入れようが分かるようなお料理の数々
ホテル7 ホテル8

疲れていたので、10時ごろには部屋に戻ってきましたよ。
明日の朝は、5時にモーニングコールがあるし。
部屋には、年越しライブに参加用のグッズがベットの上に置いてありました。
せめて、気分だけ・・・
ホテル1 ホテル2


2008年12月30日

・ナイルエキスプレスで早朝ギザ駅に到着

ナイルエクスプレス8
朝食(炭水化物がメイン)

ギザ駅1 ギザ駅2
エジプト人はホームからホームへ線路をまたいで荷物を手渡ししていました。
きっと列車の本数がそんなに多くないのでしょう。

ここから、すぐバスに乗り、地中海沿岸のアレキサンドリアまで移動です。(ちょっとキツイかも)


・アレキサンドリア 

アレキサンドリアは紀元前4世紀、アレクサンドロス大王によって建設された街です。
その王朝の最後の女王がクレオパトラはあまりにも有名です。

エジプトの人達の夏の避暑に訪れる場所だけあって、
冬(今)は寒い・・・・。

・コームッシュアーファーのカタコンベ

カタコンベ1 カタコンベ2
今まで見た石棺とはずいぶん違い、レリーフがギリシャ風です。
蓋の間に隙間があり、その中に小さいお皿が沢山入っていました。
先祖に供物を備えたあと、その皿も、持ち帰らずそこに残すそうです。

中は撮影禁止でした。特にここは、バスの中にカメラを置いて行くよう
ガイドから指示がありました。
カタコンベとは古代の地下の墓所のことで、門を入って奧に、
庭に井戸のような入り口があり、階段を下りて行きます。

一番奥まったところに小さな部屋が3つコの字ようになっていました。
この時代は、名前を彫らなかったので、誰のお墓かわからないそうなのですが、
王家の谷で見たものと同じ、レリーフが描かれていたりするので、
クレオパトラとシーザーとその息子の3人の墓ではないかと、現在
調査中と言うことでした。

地下には後の集合墓地になった穴も沢山ありました。


・ポンペイの柱

ponnpei  ポンペイの柱

小高い丘の上に建っています。
ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱の1本と言われ、
高さ27m、アスワンの赤色花崗岩で出来ているそうです。
ガイドさんの話では、誤解から生まれた呼び名だということでしたが、
人物の関係がよくわかりませんでした。
地下に洞窟があり、図書館だった?通路が何本もありました。


・カーイトゥベーイの要塞

カイトウベイ要塞1 カイトウベイ要塞2

15世紀スルタン・アシュラフ・カーイトゥーベーイによって建てられました。
現在は、海軍博物館になっているそうです。
時雨れてきて、波も高くとても寒かったですよ。


・アレキサンドリア国立博物館

2003年にオープンした博物館で、地下にはファラオの時代、
1Fはグレコローマン時代、2Fは近代とコプト教、イスラムについて
展示されていました。
フラッシュ無しの撮影が許可されていました。

国立博物館7 アレキサンドリア国立博物館1
                    アメンホテプ4世

国立博物館3 アレキサンドリア国立博物館

国立博物館4 国立博物館8
ミイラの臓器を入れるカノプス壺

国立博物館9 国立博物館5 
ハトホル神             海底から発掘されたものも沢山ありました。

国立博物館6 国立博物館10
1Fはグレコローマン時代         2Fは近代とコプト教

また、バスに乗りカイロまでもどりました。


・ナイルクルーズ 船上でベリーダンス

夕食は、ナイルクルーズしながら、船内でベリーダンスを見ます。

ベリーダンス
腹部(belly)の特徴的な動きからベリーダンスと言われています。
名のある踊り手は、とっても高給取りだそうです。

タンヌーラ (スーフィーダンスの名前でも知られる旋舞)
タンヌーラ
ドーナツ状のスカートをくるくる回しながら上下に移動させたり、
頭にかぶったり、とっても技術がいりそうな踊りでした。

最初のパンフレットの案内では、アレキサンドリアは最終日で、
そこから帰国の予定でしたが、その日の便が無いと言うことで
日程が入れ替わりました。

ですから今日は、夜行でギザに着いた上に、
アレキサンドリア往復となりました。
カイロ市内は、交通渋滞がすごいです。
おまけに、夕食はベリーダンスのナイトクルーズだったので

盛りだくさんで 皆、ちょっと疲れ気味・・・。


2008年12月29日

・ナセル湖から登る感動的な朝日

ナセル湖1 ナセル湖2

アブシンベル神殿の前で夜明けを待ちます。
(寒いので結構、着込んできました。)
ナセル湖から朝日が出てそれに照らされるアブシンベル神殿は感動的でした。


・アスワンハイダム

エジプトのナセル大統領がソ連の支援を受けて、1960年に起工、その後
完成まで10年以上をかけてアスワン・ハイ・ダムが国家的事業として
建設されました。
高さ111m、全長3,600mの巨大なダムです。

アスワン・ハイ・ダムの完成によって、毎年のように起こっていたナイル川の
氾濫を防止し、水力発電で大きな電力を供給も可能になりましたが、
ナイル川の生態バランスを破壊したなどの批判もあるそうです。


アスワン1 アスワン2
完成を記念した塔が湖畔に建てられています。

アスワン3 アスワン4
良いお天気で、気持ちの良い風が吹いていました。


・サハラ砂漠の砂

バスが砂漠の真ん中で停まり、添乗員の方が、
「ここの砂漠の砂は持ち帰ってもいいですよ」と言ったので、
皆、少しずつビニール袋に入れて持ち帰りました。
さらさらとして、靴の中にいっぱい入ってきます。
サハラ砂漠の砂 サハラ砂漠の砂
カイロでお土産に買った高さ10cmほどの小さなガラスの香水ビンに入れて飾っています。


・イシス神殿

フェイラ島は、古代エジプトの聖なる島とされていました。
イシス神がホルス神を生んだ島だそうです。

この島もアスワンハイダムのために水没するため、隣のアレギルキア島に1980年移転されました。
小さい舟で島に渡ります。
後に建てられた教会の遺跡もあって、コプト十字も壁に残っていました。

イシス神殿1 イシス神殿2

イシス神殿3 イシス神殿6

イシス神殿8 イシス神殿4 

イシス神殿5 イシス神殿7


・寝台列車(アスワン → キザ)

ナイルエキスプレス1 ナイルエキスプレス2
     アスワン駅             アスワン駅の構内

ナイルエキスプレス4 ナイルエキスプレス3
    アスワン駅ホーム             エジプト国鉄のマーク

ナイルエキスプレス5 ナイルエキスプレス6
左:寝台列車の中のキャビン 扉を開けると小さい洗面台が付いています。
右:機内食のような夕食が終わると、担当の乗務員さんが、
  手際よく座席の下にある簡易のハシゴを取り出し、2段ベッドに早変わり。
  
揺れましたが、思っていたより快適でした。


2008年12月28日

庭には花が咲き乱れ、ナセル湖も見渡せて、とても素敵なコテージタイプのホテルでした。

アブシンベルホテル ホテル2


・切り出しのオベリスク

オベリスク1 オベリスク2
何らかの理由で切り出しかけたオベリスクがそのままになっている
石切り場です。いかに大きいかがわかります。

石を切り出すときは、石に切り込みをつけそこに木のクサビを打ち込み
クサビを水で濡らすと、クサビの膨張により石が割れるそうです。

アスワンからアブシンベルへバスで3時間

アスワンの大きなターミナルに集まります。
テロがあって以来、ここからは、アブシンベルへ向かうバスや車は、
警察の警護の下、一列に固まって走ります。
私たちのバスは、一番最後だったので、バスの中の一番前の席に
長い銃を持った警察官が、乗り込みました。

毎日、バスの中は公平になるよう席替えがあります。
その日は、たまたま前から2列目。
私たちの前の席に、その警察官が座ったのでちょっと緊張しましたよ。

見渡す限り砂漠の中を1本の舗装された道路が貫いています。
バスで1時間半ほど走ったところで、蜃気楼が見えました。
蜃気楼
本当に水があるように見えるのです。
でも、その後バスが進み近づいても何もありませんでした。

道路の上を走っていても、何の目印もありません。
こんな所を、ラクダで旅をしていたら、本当に迷ってしまうかも・・・
と思うぐらい、砂漠の中でした。

・アブシンベル

アブシンベルは北回帰線を越えて、もう後、30kmでスーザンの国境です。
アブシンベル神殿は、アスワンハイダムの建設時に水没するため
ユネスコが国際キャンペーンをして、もとの位置より60m上に移動させたものです。

・アブシンベル大神殿

アブシンベル1 アブシンベル2

左:大神殿正面の4体のラムセス2世像は高さ20mもあり、その大きさに圧倒されるばかりです。
左から2つ目の座像は、元の場所でラムセス2世が建築して何年か後に
地震で崩れたもので、そのままの姿で移築してあるそうです。

右:巨像の上に、日の出を喜ぶ22体のヒヒの像が並んでいます。

中は撮影禁止でした。
大列柱室のレリーフは、ヒッタイトとの戦闘場面を描いています。
前室には、ラー神に捧げ物をするラムセス2世と王妃ネフェルタリのレリーフ。

神殿の一番奥にある至聖所には、4体の神像が並びます。
右からラー・ホルアクティ神、神格化したラムセス2世、
アムン・ラー神、プタハ神です。
春分の日と秋分の日には奥の神像に光が届きます。
一番左のプタハ神だけは、ほんの少し離れています。
この神には光があたらないそうです。

・アブシンベル小神殿

最愛の王妃ネフェルタリのために建てた神殿です。
正面にラムセス2世の立像4体とネフェルタリ2体
その足もとに子ども達の像が刻まれています。
内部のレリーフでは、ハトホル柱が印象的でした。

アブシンベル3 幸福の鍵
右:神殿の鍵で「幸福の鍵」と言います。

出口で「幸福の鍵」を持って写真を撮るよう薦められ、
後で、1ドル要求されました。
写真を撮らせてもらったチップと思えば良いのですね。

アブシンベル5
夕日を見ながら、いったんホテルに戻り、また、夕食後
「音と光のショー」を見にきます。


・音と光のショー

ライトアップされた神殿
アブシンベル6 アブシンベル7

ラムセス2世の生涯をアブシンベル神殿をスクリーンに見立てて映し出します。

アブシンベル8 アブシンベル9

音声ガイドもありましたが、ラッキーにも今回は日本人が多いということで、
スピーカーから流れてくる言語は日本語でした。
ちょっと寒かったけど、沢山着込んで見ていました。
壮大なショーで見ごたえがありました。


2008年12月27日

ナイル中流域

●ホルス神殿

エドフという街にあります。
塔門に刻まれたレリーフもとても大きな物です。

門の下に小さく見えているホルス神ですが、近づくと右の写真のように
人よりかなり大きい像です。
ホルス神殿1 ホルス神殿2

壁面のレリーフの保存状態が良い神殿でした。
レリーフは彫るほうが簡単なのだそうですが、ここのはレリーフが浮き出しています。
ホルス神殿5 ホルス神殿6

プトレマイオス朝のものだっそうです。

至聖所の手前の前室の天井が黒くすすけているのは、後にキリスト教徒が
台所として使ったためだとガイドさんが言っていました。

ホルス神殿4 ホルス神殿3



●コム・オンボ神殿

コムオンボにあります。地名はアラビア語でオリンポスという意味だそうです。
プトレマイオス朝に建てられ、ローマ皇帝アウグストス時代に完成し、
ギリシャ的な印象を受けます。

コム・オンボ1 コム・オンボ2

コム・オンボ3 コム・オンボ4
右:王は、この井戸でナイル川の水位を確かめたそうです。


●ファルーカでナイル川セーリング

ファルーカ1 ファルーカ2

アスワン近くのナイル川でファールーカというエンジンなし小船に乗りました。
この辺は、ヌビア地方と言い、色黒でちぢれた髪をもつ人が増えます。
エジプトに支配されていましたが、独特の文化とヌビア語をもつそうです。
(話し言葉だけで、文字が無いとか・・)
舟を操っていたヌビア人の人が、タンバリンのようなものを叩きながら
ヌビア語の歌を歌ってくれました。

・昼食

ダーゲン ミックスジュース

左:エジプトシチューのダーゲン(魚・牛・鶏)から選びます。
右:ミックスジュースを注文したら、3層に分かれたジュースがきました。確かにミックス。

レストランで
レストラン入り口で手作りのものを売っていました。

アスワンまで移動

1年前のガソリン代は、1Lが20円だったのが、今は1Lが35円だそうです。
値上がりしたとは言え、日本より遥かに安いですね。

・アスワン

・ヌビア博物館

夜9時まで開館していましたので、アスワンにあるホテルにチャックインした後、
フリータイムにゆっくり見ることができました。

ユネスコの援助で1997年オープンした博物館で、ヌビアの視点からの歴史や、
アブ・シンベル神殿の移築作業の模型もありました。
ヌビア博物館1 ヌビア博物館2

ヌビア博物館3 ヌビア博物館4


2008年12月26日

ナイル川西岸へ

西岸は死者のための街です。

・メムノンの虚像

メムノンの巨像2 メムノンの巨像2
 2体の巨像                側面にもレリーフ

新王国時代 アメンホテプ3世のもの。
もともとは後ろに、葬祭殿がありましたが、後の王たちが石材として使用して、破壊されたそうです。

・ハトシェプスト女王葬祭殿

トラムに乗ります。
ハトシェプスト1 ハトシェプスト2

エジプト初の女王ハトシェプストは、夫トゥトモス(トトメス)2世の死後、幼かったトトメス3世の摂政となり、自らもファラオになりました。

ハトシェプスト3 ハトシェプスト4

ハトシェプスト5 ハトシェプスト7

ハトシェプスト8 ハトシェプスト6
レリーフの色がこんなにきれいに残っているなんて、感激です。


●王家の谷
全部で60を超えるお墓がありますが、現在公開されているのは
10数箇所です。お墓の中は撮影禁止です。

王家の谷1 王家の谷5
NO.62 TOMB OF TUT ANKH AMUN ツタンカーメンの墓(別料金)の
入り口でここから階段を降りていきます。
ここにあるお墓は、すべて新王国時代に岩を彫って造られたものです。

玄室には石の棺があり、その中には人型棺、さらにその中にはツタンカーメンのミイラが眠っています。

この墓は、1992年にイギリス人考古学者、ハワードカーターによって発見されました。
後に、発掘のようすが「ツタンカーメン王の秘密」という本になり、
私が小学生の時、読んだのです。

ファラオの中でも規模が大変小さく、王家の谷のどこに埋葬されたか
という記録も残りませんでしたので、その上にラムセス6世が知らずに
お墓を作ったため、盗掘をま逃れたようです。

発掘された副葬品は、2009年1月1日に行くカイロ博物館にあります。

王家の谷2 王家の谷3
              ラムセス1世

王家の谷4

ラムセス1世とラムセス9世は王家の谷に入るチケットで入れました。

どうしてもラムセス6世のお墓の中を見たかったので、集合時間を
気にしながら、チケット売り場に走りました。

幸い、別料金のためか、知名度がちょっと低いためか、大変人が少なく
スムーズに見ることができました。

ラムセス6世のお墓の場所は、ツタンカーメンのちょうど上にあります。
暗青色で表された夜空と黄色で描かれた神々と人々のコントラストは、とても印象的です。
天井部分いっぱいに弓なりに天空の女神ヌトが描かれています。
女神ヌトは、毎日西方の空のかなたに沈む太陽であるラーを
自らの体内に飲み込み、翌朝再びラーを生みます。

●パピルス屋さん

パピルスの作り方を実演し、販売しています。
偽物はバナナの皮でつくるそうです。papirusu


●昼食

コフタ(細長いミートボール)
kofuta  kofuta2
そして、とてっても甘い甘いデザート。


●カルナック神殿

カルナック神殿1 カルナック神殿3
右:羊の頭をしたスフィンクス。その前に建つ小さな像はラムセス2世です。

カルナック神殿2 バネジェムの巨像

カルナック神殿4 カルナック神殿5

カルナック神殿の大列柱室は、創造を超える高さで圧巻です。
そして134本もあります。
ラムセス2世が進めた建築事業で、柱にはラムセス2世の即位名が
あちこちに刻まれていました。
王の名前は、カルツーシュと言って楕円形で囲まれています。

カルナック神殿6 カルナック神殿8
左:オベリスクが倒れ、その先端部分です。なんと大きいこと!
右:スカラベの像が上に乗っています。これを4回まわるとお金持ちになるそうです。

ちなみに、ラムセス2世は、120ぐらい子供がいて、90歳を超えて
長生きしたそうです。
今、ラムセス2世について書かれた本を、通勤の電車の中で読んでいます。


●ルクソール神殿

正面が第1塔門で、ここに2本のオベリスクが建っていましたが、
現在は1本だけです。1本はパリのコンコルド広場に建っています。

ルクソール神殿1 ルクソール神殿2
第1塔門ラムセス2世の1対の座像と2対の立像があります。

ルクソール神殿4 ルクソール神殿5

ルクソール神殿6 ルクソール神殿7

ルクソール神殿9 ルクソール神殿10
左:後にキリスト教が入ってきて、ここにフレスコ画を書いたのが残っています。

ルクソール神殿11 ルクソール神殿12

夕方から日没まで、ルクソール神殿をゆっくり過ごしました。
ライトアップされたルクソール神殿は神秘的です。


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