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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 帰国後は、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。
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2006年10月7日(Sat)

昨日、ホテル到着が夜だったので、朝の景色を・・。
リゾート気分を満喫できる ソフィテル・ロイヤル・アンコール。

ソフィテル ソフィテル

遺跡見学には、必ずPASSが必要です。各遺跡の入り口で提示を求められます。
3日券で40$。(他に1日券と7日券があります。)

pass ナンバープレート

左の写真は車のナンバープレートです。 
上がカンボジア語、下が英語でシェムリアップと書かれています。 
駐車場には、プノンペンと言うものありました。



●●アンコール・トム Angkor Thom●●

アンコール・トムは12世紀、ジャヤーヴァルマン七世によって建造され、周囲12Kmの城壁に囲まれた大きな敷地内には、いくつもの遺跡が点在しています。
トムはカンボジア語で「大きい」という形容詞で、アンコール・トムは、「大都市」を意味します。

●南大門 South Gate of Angkor Thom

アンコール・トムにある5つの門のうち、南側に位置する大門。
(5つの門:バイヨン寺院を中心に城壁の東西南北に築かれた4つの城門と、王宮正面に達する東側城壁に設けられた「勝利の門」があります。)

参道の欄干には、左右に神様と悪魔が54体ずつの巨大石像が並んでいて、大蛇ナーガを綱引きをしています。
ヒンズー教の天地創造神話「乳海攪拌」の様子です。
自然の風化と盗難で、首や大蛇の胴体の部分が無くなっています。

南大門の神様 南大門の悪魔
    神様                    悪魔

左側の巨人は、鼻筋が通り整った要望をしているデーヴァ(神々)、
右側は、目が丸く、髪が縮れて恐ろしい顔をしているアスラ(阿修羅)です。

「乳海攪拌」(ヒンドゥ伝説)
ヒンドゥの神々と悪魔が綱引きをし、不老不死のアムリタを得るために乳海を攪拌した話です。
南大門 南大門4

南大門の上には四面仏顔の観世音菩薩があり、哀れみ、慈悲、情け、落ち着き を表しています。


●バイヨン Bayon

12世紀末にジャヤーバルマン七世によって建てられてアンコールトムの中心に位置する仏教寺院。

バイヨン1 バイヨン2

撮影用の神話の衣装を着けた人がいます。(有料です)

第一回廊
この壁面には、チャンパ軍との戦いや、当時の人々の日常生活が描かれています。

舳先に神鳥の装飾がある軍船に乗って矛と盾を振りかざす兵士や漕ぎ手が描かれています。水中にはワニや大魚もいます。
バイヨン5 バイヨン4

戦いに行くところ          水牛を生け贄にして血を神に捧げている
(耳たぶの長いほうがカンボジア人)

バイヨン3 お産
ご飯を炊いている様子                  お産

バイヨン 闘鶏 漁師
闘鶏の図 鶏をけしかける二人の男を見物人が大勢取り囲み、わいわい言い合っている様子が面白いですね。

上部の投網を打って魚を取っているのは中国人漁師の船で、その下部には、市場の物売りと買い手のにぎやかな様子が描かれています。

しらみ取り 将棋
しらみを取っているところ           将棋(チェス)

クメールの微笑み 3体
観世音菩薩の巨大な四面像がそび立ち、全部で54塔もあるとか。
中でも、上部テラスにある「クメールの微笑み」と呼ばれているのが、穏やかな微笑で出迎えてくれます。

女神テヴォダ 踊り
女神テヴォダ

お遊び
キス 額縁

観音様とキスしているように見えますか?     額縁

うらない師 バイヨン全体
占い師   


●バブーオン Baphuon

バプーオン バプーオン2

11世紀中頃にウダヤーディチヤヴァルマン二世により建設されました。
現在、破損が酷く修復工事中です。

バイヨンの北西、王宮の南側に位置します。
バブーオンとは"隠し子"と言う意味があります。

この名称についての伝説があります。
「シャム王とカンボジア王とは兄弟でそれぞれ国造りにいそしんでいた。シャム王は、自分の子供をカンボジアの王のもとに預けて養育を任せた。カンボジアの王も喜んで自分の手元で育てた。ところが、カンボジアの廷
臣たは、これはシャム王の謀略で、その王子によって王位が剥奪されるに違いないと反対し、王子を殺してしまった。
これを知ったシャム王は激怒し、大軍を差し向けた。
今度は自分の子供が殺されるのではないかと恐れ、この寺院に隠したので"隠し子"と呼ぶようになったということです。

●ピミアナカス Phimeanakas

王宮の中央に位置するピラミッド型寺院。
10世紀末から11世紀にラージェンドラヴァルマン2世により建設。
プノンバケンの山上寺院の石材を移転して再使用したことが側柱の記述でわかるそうです。

ピミヤナカス宮殿 ピミヤナカス宮殿2

「王は神である」という神王思想を強めて国家支配に利用した場所だそうです。

ここにも人蛇相交の不思議な伝説があります。
「この国の土地主で9つの頭を持つ蛇の精がいて、毎夜綺麗な女になり、ピミヤナカスで合う。王が一夜でも行かなけれは災禍を得る」というお話でした。

この宮殿横に今は礎石だけしか残っていませんが、500人の女性が住んでいたそうです。
そこで、主人が「王様一人で500人毎日順番に相手したら、一年半かかる? やはり美人が条件かなぁ・・・」

すく横に沐浴場があり、500人一度に入れるほど大きい方が、女性用、
小さい方が男性用のでした。
沐浴場


●像のテラス

高さ2m20Cm 東西20m 南北35mの十字形のテラスで人民が王に謁見する場所に使用したのではないかと言われています。
側面に像を彫刻したテラスです。

象のテラス1 象のテラス2

象のテラス3 象のテラス4
真ん中はガルーダです。

プラサット・スール・プラット
象のテラスの前の道路の向こう側に、小さい建物が並びます。
プラサット・スール・プラットというもので、綱渡りをしたとガイドさんは言いました。

●ライ王のテラス

ライ病に罹った王様を火葬した場所なのだそうです。
壁面にはナーガと仏様が沢山彫刻されていました。
雨期のため、水がたまって途中からはいれませんでした。

ライ王のテラス ライ王のテラス2
                       テラスの上

午前中の予定にタ・プロームが入っていたのですが、ゆっくり見ていたので時間がなくなり、明日に変更。
昼食後、2時間ホテルで休憩と言われましたが、そのまま時間が惜しいのでアンコールワットへ


●●アンコール・ワット Angkor wat●●

1113年、スーリヤヴァルマン2世により建てられたヒンドゥ教寺院。
アンコールの殆どの建物が東を向いているのに、この建物だけは、葬儀を行うための寺院として建てられたため、西を向いて建っています。
スーリヤヴァルマン2世は死後の幸福を願って、ヴィシュヌ神に世界最大の寺院を捧げることを誓い、王の葬儀をこの寺院でするよう部下に命じたそうです。

●西参道
 
西参道 西門
  参道(遠くに見えるのが西門)               西門

幅200mも環濠にかけられた参道。大蛇(ナーガ)をあしらった欄干がかけられています。

西塔門を通って目の前に現れるアンコール・ワット。
誰でも、圧倒されて感動する一瞬です。私も改めて感動。
塔は実際には5本ありますが、王様が入る中央から入ると重なるため3本しかみえません。
横の門からはいる家来や庶民は5本、見えます。

アンコールワット 西門の中の仏像
 西門から見るアンコールワット本堂         西門の中の仏像

●本堂

聖池
池に映ったアンコールワットが美しい。

アンコールワット池 アンコールワット池


●第一回廊

回廊の壁面彫刻は、ヴィシュヌ神をはじめヒンドゥ教の神々の逸話・伝説、スーリャヴァルマン2世の功績を称える歴史物語が一面に描かれています。
悪魔 乳海攪拌大亀

左は悪魔です。手が10本、頭が3段10面。
シヴァ神とシヴァ神の奥さんが瞑想してるのを邪魔しています。

右は、「乳海攪拌」の図が50mもあり、カメラに収まりません。
真ん中あたりの様子です。ヴィシュヌ神の化身である大亀クールマの背中に大マンダラ山をのせ、その中腹に大蛇ヴァースキをからませ、その両端を神々とアスラ(阿修羅)が引き合い、山を回転させ、大洋をかき混ぜ、不老不死の妙薬が出来る。という伝説です。

ラーマ王子 第一回廊

マハバーラタ物語からの場面で、カウラーヴァ軍とバーンダヴァ軍との大戦争の模様が何十メートルも描かれています。

●本堂

急な階段をよじ登ります。後ろは見ないようにして・・・
上から下を見るとこんな感じ・・・足がすくみます。

本堂 階段 本堂階段上から

本堂2 本堂6
雨季と言うのは、1日中雨ではなく、スコールのように雨が降り、雨が上がるとこのような青空も見えます。
毎日、どこかで雨が降るので、乾季の時にはない、池が出来ていたりします。

本堂4 本堂5

本堂9 本堂7

本堂8 本堂12

本堂10 本堂11

連子格子の窓から外を見ると、門から一直線に全景見渡せます。
逆光になってしまいました。

帰り第一回廊と第二回廊を結ぶ中回廊に森本右近太夫の筆跡があります。
寛永9年(1632年)に来て、仏像4体を奉納したそうです。
森本右近太夫 森本右近太夫2
真ん中の白いブラウスの私が指指している場所に書かれています。

アンコールワットを背に

アンコール・ワットを背に写真を撮っていたら、前方に気球が見えました。
「乗りに行こう!」その場で決まり。


●●気球に乗って●●

気球乗り場まで車で10分の距離でした。
一人15ドル。10人ぐらい一度に乗ります。
地面に係留しているので、飛ばされることはありません。
地上180mまで上がり、その後、降りてくるまで10分の空の旅でした。

気球1 気球2

気球3 気球4

遠くにアンコールワットが見えました。なかなか気持ち良いですよ。
風の強い日は、危険なので上がらないようです。

●●プノン・バケン Phnom Bakheng●●

夕日観光スポット。
900年代のヤショーバルマン1世によって建造された丘の上に立つ寺院。
雨季のため、危険なので急斜面は通行止めで、横にもう少し緩やかな上り坂が・・・

休憩なしで、沢山の遺跡を見たので、なんだか疲れてしまい、象に乗ることに・・・(登りは、一人15ドル)

象2 象
「象の道はこちら」 かなり、揺れます。

丘に登ると
プノンバケン1 プノンバケン2

プノンバケン3 プノンバケン4

雲が厚く、切れ間から少し光が見えましたが、綺麗な夕日は見ることができませんでした。
丘の下まで降りてきたらすっかり日が暮れていました。

帰り道、アンコール・ワットの前を通ったら「十六夜の月」が、アンコール・ワットの上に綺麗に見えました。
今、思うと車を止めてもらって写真を撮ればよかったのですが、月に見とれている間に、通り過ぎてしまいました。


●●夕食●●

食事をしながらカンボジア伝統舞踊のアプサラダンス鑑賞。
アンコール王朝の時代は、儀式や宮廷の祝い事で舞われたそうです。

アプサラダンス アプサラダンス2
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2006年10月6日(Fri)

今日は旧暦8月15日。中秋節(Tet trung thu)。

ご近所の可愛いお子さん。子供は、これを買ってもらいます。

中秋節 満月

飛行機が離陸して30分ぐらいして見えた満月。

2泊3日のカンボジア旅行
今日の夕方便でシェムリアップに飛びました。

空港への途中で、突然道路が大渋滞。飛行機の時間大丈夫?
と思っていたら、道交通事故直後を目撃してしまいました。
凄い人だかりが出来ていて、道路の真ん中に壊れたバイクと、端っこに人が・・・
その人に、ムシロを被せて線香が立ててありました。周りに小額のお札やコインがばら撒かれていました。
私の乗っていたタクシーの運転手も、窓を開け、そちらの方に小銭を投げました。お線香代のつもりのなのでしょうか?
こんな時、救急車は来ずに、筵(ムシロ)なのですね。
ご冥福をお祈りします。

ハノイの道路は、車やバイクが過密状態だし、交通マナーは悪い(我先に突っ込む)し、いつ交通事故が起こってもおかしくない状態です。
とにかく、皆さん、安全運転でお願いします。


飛行機は無事カンボジアのシェムリアップ空港に到着

実は私は、1月22日~25日に両親と叔母がハノイに来て、その後カンボジアに行っています。主人は初めて(いつもお仕事お疲れ様です。)

その時の事もホームページに載せていますので、ご覧下さい。
リンクの●太田桜花堂 トップページ● または、
●ベトナム便り バックナンバー'05.7~'06.5●
のところから入れますので、よかったらどうぞ。

シェムリアップ空港に降りると見違えるほど綺麗になっていました。
4月に新しく建て変わったそうです。以前の建物は、国内線用。

カンボジアのビザは、空港で簡単に取れます。
20ドルとビザ用の写真が必要です。
普通こういうところでは、写真は撮ってはいけないのですが、
聞いてみると撮ってもよいと言うことでしたので・・・

シェムリアップ空港 シェムリアップ空港2
   ビザ申請の場所            パスポートコントロール


可愛いカンボジア人のお嬢さん“マカラさん”が、カタカナで書いた名前のプラカードと持って出迎えてくれました。
後で分かったことなのですが・・・娘と娘の友達達が日本からの格安ツアーでカンボジアに8月末に行った時のガイドさんが同じ方だったのです。
沢山、日本語ガイドさんがいらっしゃるのに、偶然です。

makara

「マカラ」と言うのは、カンボジア語で「1月」と言う意味だそうです。

アンコール遺跡に関する本を読んでいたら、
「マカラという怪物の口から、ナーガ(大蛇)が吐き出されていることがある」と書いてあったので聞いてみると、
「発音は少し違うのですが、日本語では同じカタカナになります。カンボジア表記が違います。」という返事でした。

そりゃそうですよね。自分の子供に怪物の名前を付ける親は、いませんよね。

無事 ソフィテル・ロイヤル・アンコール ホテルへ到着。
今回は、リッチな旅行です。


2006年10月5日(Thu)

昼から歴史研究会。
その前に、フレンチレストラン「Le Resrurant d’Arthur」でランチ。
Au Delicaの2Fのフレンチ・ヨーロピアンレストラン。1Fからは想像できないほど広い素敵な空間が・・・
日替わりランチが69,000VND(500円ほど)で、スターターとメインとデザートを1つずつ選べます。

au1 au2

au3 au4

1FのAu Delicaには、生ハムやテリーヌなど食材も豊富にあります。
欲しいハムをその場でスライスしてくれます。
自宅からは、ちょっと来にくい場所にあります。


昼食後、歴史研究会の大御所Iさん宅で、「歩こうハノイ6」の原稿を真面目にチェック。




歴史研究会終了後、Kさんと同じレジデンスなので、帰りにお宅へご挨拶に伺いました。

私は明日から3日間、カンボジアへ。その間にKさんは一時帰国で29日までハノイに帰って来ないのです。
10月30日の私の帰国日に最後に1日だけあえるかも知れないけれど・・・。

このハノイでいろいろお世話になったお礼を言いたくて、ご自宅にお邪魔しました。
「ありがとう、Kさん。 良く二人で笑ったね。 反応するところが不思議と良く似ていたり・・・同じこと考えてたり・・・
あなたがいて下さったから、私のハノイ生活は本当に楽しかった。
ありがとうございました。」

最後は、見送りに来ないでね。きっと泣いてしまうから・・

でも、椅子は引き取りに来てね。


2006年10月4日(Wed)

本日、Kさんと最後になるかもしれないゴルフ。
Kさんのご主人様は、タクシーでご出勤いただいて、ゴルフのために車を回してくださる予定。
何時に迎えに来てくれるんだったかなぁ? と手帳を開けると、

今日は、なんと私達の結婚25周年記念日と書いてあった。

「忘れていた~!」
ゴルフの予定の確認のついでに思い出した25周年!

そう言えば、結婚1年目も忘れていたっけ・・・・・
(あの時は、娘が生まれて間もなくて、そのことで頭が一杯だったけど・・・)

歯磨きしている主人に、「今日は25周年の結婚記念日だったよ。覚えてた?」
「あぁ そうだった」やっぱり、主人も忘れていたんだ。

二人で「おめでとう。良くここまで持ったね。」と硬い握手を交わし、それぞれ出かける準備に大忙し(主人は仕事だけど・・・)。
「夕食は、レストランへ行こう」と言うことで決まり。

ゴルフの途中でM先生から
「今日は結婚記念日らしいね。お祝いするから、レストラン予約したからね」
と、ありがたいお電話を頂戴し、レストランも決まり!

キャディーさん ゴルフ
日焼けしないように覆面のキャディーさん。

ヨーグルト ヨーグルト
ゴルフの帰り酪農が盛んな地域、ヨーグルト(SUA CHUA)をゲット。

レストランで、主人と同僚のAさんもご一緒に。
きのこ ワイン1 ワイン2
美味しいワインが2本も空いてしまいました。ご馳走様でした。

M先生
「“破れ鍋に綴じ蓋”を英語で何と言うか知っていますか?」
早速、辞書で調べると
「Every Jack has his Gill
(どのジャックにもジルがいる------似合いの者がいる)」でした。
外国にも、日本と同じ発想があるのですね。
 先生“破れ鍋に綴じ蓋”って私たちのことですか?

夕食後、レジデンスへ戻ってくると、併設のホテルから、
「Congratulations on Your Wedding」とケーキが届きました。

ケーキ1 ケーキ2


夜、メールをチェックすると、実家の母と下宿している娘からそれぞれ、綺麗な音楽付きのEカードが届いていました。

娘からのメッセージに
 「お父さん お母さんへ
  結婚記念日おめでとうございます。
  記念すべき銀婚式をベトナムで迎えることになるなんて、
  (しかも子供二人が日本でそれぞれ生活しているなんて)
  人生ってほんとめぐり合わせなのかもしれないと、
  お父さんお母さんを見てつくづく思ったりします。
  お父さんとお母さんがこれからも仲良く、共に健康に、
  そして何よりも幸せに過ごして、さらなるAnniversaryを
  迎えることが出来ますように。」


と大人びた言葉が書かれていて、25年の歳月を感じた次第です。ハイ。


2006年10月3日(Tue)

運転手さん付きの生活なので、路線バスに殆ど乗ったことのないKさん。
「路線バスでバッチャン村に行きたい。」というKさんの希望で、
バインミー(フランスパンに色々な具を挟んだもの)とお菓子(左が花林糖のようなもの、右はトウモロコシを揚げてピリカラに味をつけたもの)を買い、ロンビエンから47番のバスに

   バッチャン BAT TRANG

バッチャン1 バッチャン2
バス停の標識(通るバスの番号が書かれています。)

バッチャン3 バッチャン4

バス停で、バスを待つ人の仲に、頭に何かメッセージを書いて座り込んでいる乞食。
バスの中は、若い人が多い。ベトナムの人口の平均年齢が28歳だとか。活気があり、まだまだ、これから伸びていく国なのかも知れません。
ところで、高齢化社会を迎えた日本の平均年齢はいくつなのでしょう?

バッチャン6 バッチャン7
   変な顔の豚の貯金箱。      水槽にいれるナマズやカエルの置物。

バッチャンはご存知のように陶器の街です。食器や壷など沢山売っています。

バッチャン8 バッチャン5

フラワーアレンジを入れようと2人で同じ花器(15cm)を買いました。

悪路(一応は舗装してある)を路線バスに揺られながら(バスの後部座席たったので良く揺れます)楽しい遠足でした。




バッチャンから戻り

ゴルフでコースデビューの時からお世話になっているFさんのお宅にお邪魔させていただきました。

Fさん Fさん2

ティータイムに、Fさん手作りのティラミスとプリンでおもてなしを頂き、素敵な時間をありがとうございました。

ご自身で書かれた美しい文字で、紀友則の歌「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」がさりげなく額に入っていたり、隷書体の漢詩が表装されていたり、素敵な書がいくつも飾られている格調高いリビングでした。

MSさん、Oさんもお忙しい中、ありがとうございました。
お会いできて嬉しかったです。

Fさん


2006年10月2日(Mon)

●台風 Xangsene

母から夕方、国際電話で私の携帯電話へ、
「大丈夫と思うけど、台風の被害はどう? 
 NHKのニュースでベトナム中部が・・・」

大阪阿倍野のKさんからメールで
「午後の NHK TVNEWS でやってました。
“ベトナム中部に台風襲来,ダナンで230億円の被害”だそうですが、
 ハノイはそよ風程度かと、ぜんぜん心配はしてません。」

ハノイに住む私は、ノーテンキでベトナムのニュースも天気予報も見ておらず、全く台風が来たことも知らず・・

慌ててレジデンスのレセプションに行き、ベトナムニュースを見たら、
「ダナンに台風が来て14人も死亡、72人怪我」
と出ていてビックリしました。台風15号(シャンセン)による被害のようです。

台風 



●エステ

朝からKさにジャックされ、Tさんとエステ(EXOTICAL)に。
Mさんは、私より先に帰国されます。
日本に帰ると料金が高くて・・・エステに行けないので・・今のうちに・・・。

コースは、FACIAL TREATMENTS お顔
Special for Severe Oily Skin   20ドル 1時間10分

エステ エステ2


スチームで毛穴を広げ、スポイドのようなもので、シュパ シュパ 吸い出し、その後、薄いパックを・・・
写真はパック中・・・誰でしょう・・・

夜、帰宅した主人に
「今日はエステで、お顔のお手入れしたよ。綺麗になったでしょう」と言ったら、
「無駄だったね」
「・・・・・」
以前の「手遅れだったね」と良く似た反応が返ってきました。
どっちも、どっち・・聞かなければ良かった。



●送別会(昼食)

Yさん その子さん、Kさんで送別会をしてくださいました。
お店は 初めての行ったシーフード高級店のSan Hoでした。
お忙しい中、ありがとうございました。ご馳走さまでした。
 
サンホー1 サンホー2

この魚はレッドティラピアです。これをライスペーパーにブン麺と野菜(香草)を一緒に包んで頂きました。

サンホー3 サンホー4

あわびの貝殻をペインティングして作った「お絞り入れ」。自然のものなので1つ1つ大きさも色合いも違い、それがまた良いのです。
「1人1個なら、売ってもよいよ」とお店の人。
そこで、1人1個、買うと言うことで、私が買わせていただきました。
ワガママ言ってゴメンなさい。皆様、ご協力有難うございました。



その後、スカイプの設定にお友達のお家へ



●イパニマ 新店舗へ

そして、Kさんと 新装開店したイパニマ
ピンクが基調のお店のレイアウト。
新装開店のオープニングバーゲンも無く・・・相変わらず高め。

ipanima  イパニマ2



●ハノイ インターナショナル クワイヤー

月曜の夜はハノイ インターナショナル クワイヤー(コーラス)の練習。

HIC

今日はベトナムテレビ VTVのカメラが来ていました。
カメラマンは、後ろの方に小さく写ってします。
1時間ぐらい練習風景を撮影していましたが、これはテレビで放送されるのでしょうか?

今日も、盛りだくさんの1日でした。おやすみなさい。


2006年10月1日(Sun)

主人の仕事関係の方の結婚式に招待されていきました。
新郎新婦とも面識がありましたので、私も出席させていただきました。

招待客は700人という盛大な結婚式です。

新郎新婦と両家のご両親が玄関で招待客を出迎えます。
花嫁さんは、普段でもきれいな方ですが、今日は特別綺麗です。
「おめでとうございます。」

結婚式1

中に入ると、新郎新婦の修正済みのグラビア写真のようなパネルが飾られています。勿論、美男美女。

結婚式3 結婚式2
お祝いを入れるハート型のBOXが置かれています。

セレモニーは11時から始まりました。
ウエディングマーチと共に新郎新婦が現れ、指輪の交換、ケーキカット、シャンペンタワー・・・、各テーブルを回ります。

結婚式5 結婚式6
 ウエディング ケーキカット         シャンペンタワー

その間も、招待客は出されるベトナム料理を食べながら見ています。

そして、セレモニーの終わり、だれの祝辞もなく、自分が食べ終わると三々五々帰っていきます。

1時間20分ぐらいでした。
華やかなベトナム式の結婚披露宴でした。

どうぞ末永くお幸せに!!


2006年9月30日(Sat)

オープンツアーを申し込み日帰り 「古都ホアルーとタムコック」に参加。スペイン人、オランダ人、ラオス人、ドイツ人・・日本人は私達2人だけ。
ハノイから車で2時間。ニンビン(Ninh Binh)にあります。

ハノイを出ると直ぐに田園風景画広がり、村人総出で稲刈りの作業中。

稲刈り 田んぼの中の墓
田や畑の中に、時々現れる墓。ベトナムは土葬で、3年経ったら骨を掘り出すのだそうです。

下校中の中学生 道路一面に藁
下校中の中学生。道路の両脇は稲刈りした後の藁や米が干してあります。
道路一杯に干している藁。これは踏む以外に通れません。

駐車場でバスを降り、ディン・ティエン・ホアン祠の門の前に広場に米を広げて干しています。とにかくどこでも場所があれば干しているのです。
米を干す ディエン祠の門

では、ここでホアルーについての説明を・・・

986年建都から1010年にタンロン(現ハノイ)に遷都されるまで
丁(ディン)朝(968~980)の都 と
前黎(レ)朝(980~1009)の都
  が置かれた所です。

祠が2つありますが、いずれも小規模です。

●丁(ディン)朝(968~980)
ディン・ティエン・ホアン(丁先皇)(諡:おくりな:死後に尊んで付けられた称号)で、(諱:いみな:貴人の実名を敬っていう)は、ディン・ボ・リン(丁部領)と言います。

ディン・ティエン・ホアンは、10世紀半ば群雄割拠の中、北部ベトナムを統一し、ホアルー(華閭)を首都として国名をダイコーヴィエット(大瞿越)と定めました。

当時、ここはチャンアン(Trang An 長安)と呼ばれていました。
本殿の王像の柱には「長安・・」、扁額には「正統始」と書かれていました。

ディン・ティエン・ホアン祠
上の写真の門をくぐり中に入って行くと
ディエン祠の本殿 ディエン祠の龍

本殿の前に龍のレリーフあります。そこにもたれて英語で説明している赤いシャツの女性が、本日のガイドさん(ベトナム人)。少しだけ日本語を話します。
英語の説明は(私に聞き取る能力がないため)サッパリ分からず、自宅に戻り資料を読んで整理しました。

ディエン祠の王の像 皇族
  ディン・ティエン・ホアン王。       横に控える皇族

※※※※※カワウソ伝説※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
(チビクロ777のコメントを頂いて追加します。)
 ディン・ボ・リン(丁部領)には、さまざまな伝説が残っています。
『公余捷記』によれば、ディン・ボ・リンの母はある日、大きなカワウソと交わって男の子を生みました。これがディン・ボ・リンです。
このカワウソが村人によって殺されると、母はこの骨を拾ってディン・ボ・リンにこれが父の骨だと教えたと言います。

それ以外の伝説
 ○ディン・ボ・リンは気性の激しい人で、包囲した敵軍が自分の息子を人質にし、棒に縛りつけ、降参しないと殺すと言って脅かしたところ、
「志を持った男子たるもの、子供のために大事をまげられるか」
と言って、逆に息子めがけて矢を乱射したので、敵は驚き軍を引き返したといいます。

 ○帝位についてから、法を人に守らせる手段として城門に煮え立った油の入った大鍋と虎の入ったオリを置き、守らない者はそれらで処刑するとして、人々に恐れられたということです。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


※「ディン・ティエン・ホアン通り(Pho Dinh Tien Hoang)」という通りがハノイにあるのをご存知でしょうか?
ちょうどホアンキエム湖の東側の通りと思ってください。
東京義塾(Dong Kinh Nghia Thuc)広場からハンバイ通り(Pho Hang Bai)の始点まで。

水牛を引いて行く人。のんびり時間が流れます。
水牛

●前黎(レ)朝(980~1009)
979年宮廷内部の抗争から長男のディン・リエンは毒殺されます。
一人残された6歳のディン・トゥエが帝位に就き、レ・ホアンが摂政になります。
しかし、中国の宋が侵略してくる気配を察した家来達の推挙により、レ・ホアンは皇帝(在位980~1005)となり、幼帝は廃止されました。
レ・ホアン(黎桓)は、一般的に レ・ダイハイン(黎大行 Le Dai Hanh)と呼ばれています。

レ・ダイハイン祠

レダイハン1 レダイハン2

レダイハン3 レダイハン4
   レ・ダインハイン帝          レ・ロンディン帝

レ・ダイハインの死後、後を継いだ レ・ロンディン(黎龍鋌)は、残虐な性格に加え女色に溺れ痔疾になり、病の床に就きながら政務を執ったことから臥朝(がちょう)とあだ名されました。
1009年死去。
しかし、後継者がまだ幼かったため、臣下のりー・コン・ウォン(李公蘊)(別名:リータイトー・李太祖)が推挙され、1010年 帝位につきます。そして、都はタンロン(現:ハノイ)へ遷都します。
レ・ホアンから始まったレ朝はわずか3代、29年で滅びました。



タムコックまで車で20分。船着場の近くで昼食。
庶民的なベトナム料理。厚揚げや空芯菜など・・ 
鶏の串焼きに見えたのが、実はヤギ肉でした。
そう言えば少し硬かった。
ヤギ肉



タムコック Tam Coc

石灰岩の奇岩渓谷の中を穏やかな小川が流れ、小舟(手漕ぎ)でボートトリップをゆっくり2時間楽しみます。
穏やかな午後です。

船着き場から
タムコック1 タムコック2

日本でボートは後ろ向きに漕ぐと思うのですが、こちらでは櫂の使い方が反対で、前向きに進みます。
足で漕ぐ人もいました。なんと器用!!

タムコックとはベトナム語で「3つの洞窟」を意味するそうです。

舟で3つの鍾乳石の垂れ下がる洞窟を潜り貫けます。
長さは、HANG CA 127m、HANG HAI 60m、HANG BA 45m 
高さは最初が30m 後の2つは18m。

タムコック4 タムコック5
洞窟に入って行きます。

タムコック3 タムコック7
途中であった竹の筏       
岩にへばり付くように建っている民家の横を通った時、「ベトナムメゾン」と漕ぎ手のオバサンが説明してくれました。
「メゾンとな?」 どう見ても、あばら家。

タムコック6 
ここで折り返し1時間。

折り返しを過ぎたところで、漕ぎ手のオバサンが急に漕ぐのを止めて、舟に積んであった梱りを開けました。
その中から、刺繍のテーブルセンターやら、袋、Tシャツ・・が出てきたのです。
「いらない」と言うと
「買って・・買って・・」と言い続けるのです。
買わないと舟を漕いでくれそうにもないので、根負けして買うことに・・・
値段が高かったので、値段交渉をしようとすると、
主人が「このオバサンの生活がかかっているから値切ったるな・・」
主人はベトナム人に甘い!
主人用の趣味の悪~いTシャツを買う羽目に・・・

いよいよ、岸に着くとき、また、後ろで漕ぎ手のオバサンが・・・
「チップ、チップ、チップ チップ・・・・・」

ボート代はちゃんと払っているのですが・・・
チップを払わないと、岸にボートを着けてくれそうにもないのです。
こういう時は、チップは付き物と割り切って・・

帰り道。道路の横を貨物列車が行きました。
その中に、人が乗っていたので・・・(こういうのも有り???)
タムコック8
落ちないように気をつけてください。




ハノイに戻り夕食。
チャーカーラーボン Cha Ca La Vong

雷魚のターメリック炒め

チャーカーラーボン1 チャーカーラーボン2

ハノイのチャーカーラー通りある元祖で100年続いているとか。
お店のトレードマークの木の彫り物は、雷魚を釣っているのかなぁ?

チャーカーラーボン3 チャーカーラーボン4

炭火の上に鍋が乗っていて、アツアツの雷魚の炒めたものが入っています。それに野菜を入れてかき混ぜます。
ブン麺と一緒に頂きます。
少し脂っこいので、ヌックマムと酢を合わせたタレを混ぜると脂っこさが減り、美味しさ増すように思いました。

ハノイの名物料理だと聞いていたので、一度は食べてみたいと思っていました。


2006年9月29日(Fri)

引越しされたNさんのお宅へ、Kさん、K2さんと一緒にご招待頂きました。
過日のジャパンフェスティバルで、Kさん、K2さんは、いろいろNさんのお力になって差し上げたお礼を兼ねて、Nさんが企画されました。
私はオマケ。「今、Kさんを誘うと、無料でYU-が付いてきます。」

N Nさん

美味しいお料理ありがとうございました。
素敵なリビングにピッタリのテーブルと椅子ですね。

ハノイに来られている奥様方は、本当に素敵な方が多いです。
そして、皆、個性が豊かで、いろいろなことが出来る能力を持っていらっしゃいることに感心します。




帰り、Hang Ma通りの直ぐ近くのHang Luoc通りを車で通りました。
旧暦8月15日(今年は太陽暦10月6日)は中秋節(Tet trung thu)で子供達におもちゃを買うようです。
星のような提灯のおもちゃも一杯売られていました。

hang luocおもちゃ おもちゃ

中秋節おもちゃ 中秋のおもちゃ


2006年9月28日(Thu)

●歴史研究会小委員会

今日は歴史研究会小委員会で、「歩こうハノイ6」の原稿のチェック。
始まって1時間は、日々の情報交換。
Saさんのメイドさんが焼いてくれた、美味しいパンプキンケーキを頂きながら、話も弾みます。ご馳走様です。
パンプキンケーキ

歴史研究会知恵袋のSさんが一時帰国中のため、なかなか進みませんが、
皆で真剣に取り組んでいます。
Sさん、来週ハノイに戻られるのをお待ちしています。



●200,000VNDの新札

新しく200,000札が出来ました。今まで200,000VND札はありませんでした。
色が微妙に・・慌てると他のお札と間違いそうです。
お札は全てホーチミンさんのお顔です。
他の人のお顔になりませんか?

新札



●虫の入ったアクセサリー

虫入りアクセサリー2 虫入りアクセサリー
 ペンダント                指輪

ふと目に留まったお店。大教会の近く。
本物の虫を閉じ込めたアクセサリー。
これは、かなり好き嫌いがあるでしょうね。
どちらかと言うと、私も欲しくないかも・・・



●「天孫降臨」と「純米大吟醸 玉乃光」
酒

○「天孫降臨(てんそんこうりん)」は、先日こちらに来られていたMiさんから頂いた宮崎県の芋焼酎です。
風味があり、口当たりがふくよかな焼酎です。
 MIさんのメッセージ通り、M先生と一緒に頂きました。
ありがとうございました。

「天孫降臨」の言葉の由来は、
宮崎県の高千穂地方は日本神話にも登場する聖地です。
その物語の一節に、”アマテラスノオオミカミ”という偉い神様の孫にあたる”ニニギノミコト”という神様が乱れきった世の中を正そうと天界から高千穂に統治者として降りてきたということです。そして、その場面を”天孫降臨”と言うのだそうです。

○「純米大吟醸 玉乃光」神戸伏見の酒です。
M先生が持って来てくださって3人で乾杯!
お米は備前雄町100%使用しています。
精米歩合50%。半分までお米を磨いている贅沢なお酒ですね。
すっきり辛口。

私はハノに来て、日本では頂いたことのない珍しいお酒を頂く機会が多いです。
お酒は、たしなむ程度です。(申し添えますと)


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