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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 帰国後は、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。
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2007年1月1日

Chuc mung nam moi!
(チュック ムン ナム モーイ)

 明けましておめでとうございます。

   本年もよろしくお願い致します。

ベトナムのカード

ベトナムのKさんから、ニューイヤーカードを頂きました。
ベトナムのテト(ベトナム正月)に食べるBanh Chung (バインチュン)と私の大好きな西瓜の絵です。
Banh Chung は、美味しいとは思いませんでしたが、西瓜は1年中あり美味しかったのを思い出します。

私は西瓜が大好き~
最初、7月にベトナムに着いたとき、西瓜が美味しくて・・・
11月になっても12月になっても、西瓜が市場にあって・・・
結局、年を越しても西瓜がありました。
ベトナムでは1年中西瓜があるのです。
日本に帰ったら、西瓜を食べられるのは夏だけ・・・
寂しいなぁ

太陽暦の正月(1月1日)は、Tet Duong Lich (テット ズオン リック)と言います。
今年の干支は「豚」Hoi ホイ です。
中国と同じです。と言うより、中国から、伝わったと言った方が正しいです。
日本に伝わるときには、少し変化して「野生の豚」=「猪」になったようです。
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2006年11月20日(Mon)

今日の夜便で関空へ帰ります。
朝からKさんとゴルフ。これが最後。
日本に帰ったら、いつ出来るかわからないし・・・。

ゴルフ3 ゴルフ2

ゴルフ1
   船着き場
キャディーさんに「ピッチングがプロブレムだ」と言われてしまいました。
(言われなくても分かっています。)
グリーンを前に、数をたたいてしまいます。
ついに上手になることなく、帰国となりました。



M先生のお声がけで、Kさんご夫妻とキノコ鍋で、ハノイの最後の夜になりました。
約束の時間にKさんご夫婦と外に出ると、雷がなり、バケツをひっくり返したような激しい雨が降っています。
ついには、バシバシと車に叩き付ける音がしました。
どうも、雹(ひょう)が降ったようです。
ハノイの空気は、冷たい空気に一気に変わりました。
ノースリーブでは少し寒い感じです。

歩道の高さまで冠水していて、道路の端が分からないほどです。
大変な天気になりました。

キノコ鍋

M先生へ
ハノイでは大変お世話になりました。
先生のお陰で、私のハノイ生活は広がりました。
どうぞ、お元気で。(お酒は控えめになさって下さいね)




この後、Kさんご夫妻にノイバイ空港まで送って頂きました。
その子さんは、ご主人様が一時帰国されるため空港に来ておられてお会いすることが出来ました。

ノイバイ空港

たくさんの方に、もう一度お会いできて、楽しい時間を過ごすことができました。
本当に皆様、お世話になりありがとうございました。

Kさん! 
Kさんとハノイで出会えたこと、不思議なご縁のような気がします。
ハノイに一週間違いで着いて、お誕生日も一ヶ月しか違わなくて・・
不思議と気が合って・・。よく笑いましたね。
最初はお買い物1つから困って・・・
いろいろな所にも行きましたね。 
言葉には言い表せないほど、いろいろお世話になりました。
どうぞ お身体大事にされてお元気でね。
やさしいご主人様といつまでもお幸せにね。
また、日本に一時帰国されたら会いたいですね。


後書き
初めての海外生活でとまどうことばかりでしたが、今振り返ると、何故か楽しかった事ばかりが思い出されます。
住んでいる時はとても嫌だった、クラクションを鳴らし続け絶え間のないバイクや車の騒音も、ゴミゴミした街も、人が溢れているハノイも街さえも・・・今ではなんだか懐かしい。
本当にハノイでの生活は夢のようでした。


2006年11月19日(Sun)

ホテルの朝食は麺(インスタントラーメンにお湯をかけただけ)かパン(薄いトースト2枚)かを選ぶだけです。
あと、コーヒーか紅茶、少しの果物。まあ、安いから仕方ない・・・

今日は飽きたので、リトルハノイ(欧米人がよく利用するカフェ)でモーニング。
リトルハノイ1 リトルハノイ2

置いてあった新聞から。やはり、トップ記事はAPEC。
新聞1 新聞2

朝食後、少し買い物をして、チェックアウトをしてKさんのお宅へまた泊めて頂くこことに・・・。
いろいろお世話になります。

今夜はもう一度、本番があります。
これは私がハノイに行ってから、確か17日に指揮者からメールが来て知りました。
しかも、歌う歌は「Trong Com」と言って、ベトナム語の歌で、収穫を歌うような歌です。ベトナム人なら誰でも知っている歌だそうです。
以前、練習を2回ほどしたことはあるのですが・・・

とりあえず、Kさんのお宅で部屋にこもり練習をしましたが、言葉の意味も分からないのでなかなか頭に入りません。
一通り歌えるようになったので、Kさんと足マッサージに・・・。

クアンコム1 クアンコム2
いろいろ頂きましたが、ゴーヤが苦くなくて美味しかったし、このご飯のお焦げがまた美味しい。

早めの夕食をすませ、服を着替えて会場へ。

そこで、HIC・バスのフランス人の男性の姿が見えたので、
‘Hi!’と手を挙げると、向こうからウインクが帰って来ました。
ウインクなんかされたこと無い私は、心臓がドッキリ。
それがまた、絵になるようなハンサムな顔立ち。
横にいる奥様がまた、美人! 
流石フランス人! と一人で納得していました。 

舞台の写真はありませんが、結構うまく歌えました。
はじめはユニゾンで、その後はテンポ良く、太鼓を敲いているように2部にアレンジされています。

終わってから指揮者を囲んで
舞台袖

その後、最前列を私達のためにあけて下さって、他の方の舞台を見ていました。

テレビカメラは来ていたのですが、テレビの生放送は無かったようです。
KさんSさんゴメンなさい。テレビの前で待って頂いて・・・

後で分かったことなのですが、10時のニュースで編集して流れたそうです。
それを17日にお邪魔したベトナム人秘書さんが偶然見て、「テレビで見ました。」と私にメールを下さいました。

ほぼ舞台が終わるころ、イタリアレストランへ行って、日本人ばかり4人でピザを食べワインを1本開けて、軽い打ち上げをしました。
moriさん、YWさん、NMさんありがとうございます。

Kさんのお宅へ10時30分ごろもどってから、Kさんと「二人でビールを飲んで話をするの初めてね。」と言いながら・・・
とりとめのない話をしていました。


2006年11月18日(Sat)

いよいよAPECの首脳会議が行われます。
各国首脳が、到着しているようで、あちこち、道路が通れなくなったりする交通規制がかかっています。
どこで、車を止められるか分からないので、移動には思ったよりも時間がかかります。

聞くところによると、ある国の大統領が泊まるホテルの周辺の住民は、200ドルを支給されて、「18日と19日は家に帰らないように」と言われているとか・・・
セキュリティーの問題らしいのですが・・・


リハーサル

○今朝 9:00~10:00 「APEC インターナショナル ミュージック ガラ」の会場になっているベトソー会館でリハーサルがありました。
集合時間になっている9時に集まったのは、日本人だけでした。(笑)

ガラ2 ガラ1
「Cung Huu nghi Viet Xo  ベトソー会館」の正面入り口は、夜のコンサートに備え警備をして入れないため、建物横から入ります。

出演者は27組あり、HIC(ハノイ インターナショナル クワイヤー)がトップに出ます。(前座だという説もあります。)

ガラ3 ガラ4
リハーサルの様子

本番は手持ちのブラックドレスです。
そして夜は、ベトナムテレビVTV1で生放送です。

舞台の横も広く、奥もとても深い舞台です。大道具が置いてあるし、反響版はないし、とても音楽ホールという感じではありません。
音が客席まで届かない感じでした。
それにスモークをたいたり、シャボン玉を飛ばしたり、歌の最後に両端でパンと花火をならします。
とても歌に集中出来ません。
舞台に立ってみて、13日に録音した理由がわかりました。


○19日の夜も1曲だけ、別の会場 「Van Ho Exhibition Centre バンホー セキシビションセンター」で歌うため、そちらに皆で移動してリハーサルをしました。
行ってみるとそこはイベント広場のような感じで、写真や展示でベトナムを紹介している所でした。

指揮者のメールに「This is a concert to mark the end of the APEC meeting 」とあったので、閉会式と思いこんでいた私でしたが、終わりには違いないのですが、どうもメイン会場ではないようです。

vanho1 vanho2 vanho3 vanho4

19日歌リハーサル1 19日歌リハーサル2
「Trong Com」というベトナム語の歌です。




ボーホーのハイランドカフェでお昼をMSさんと
ホアンキエム湖とトンキン広場が一望できて見晴らしがいいですよ。

ハイランドカフェ

その後、今夜の2時間番組で10分程しか出ないのですが、テレビ放送があります。それをKさんに録画してもうビデオテープを買うためにチャンティエンプラザに。
そこで偶然、HICのメンバーのmoriさんにお会いして、一緒に探してもらいました。
最近はDVDになっていてVHSテープをおいていないお店が多くやっとチャンティエン近くのお店で見つけました。

ちょうどどこの国は分かりませんが、VIPが通るところに出くわしました。パトカーが先導して、その後をシロバイが取り囲んだリムジンが通りました。
その間、他の車両の交通は止められています。
そして、そのVIPが行き過ぎて、交通規制が解除になると、我先にバイクの列が飛び出して行きます。
交通規制 交通規制2

Kさんのお宅に行くと、再生は出来るけれど、録画用のケーブルが繋がっていなくて・・エンジニアの人を呼んで繋げてもらいましたが、何故か、白黒しか写らず・・・音がちゃんと録音できなくて・・
エンジニアの人がお手上げ状態になってしまいました。

私もハノイで暮らしているとき、部屋には再生専用のDVDが1台備え付けられていただけだったので、テレビを録画したことありませんでした。
録画したいようなテレビ放送もなかったですしね。

どなたか録画出来る機械を持っている方は・・・と何人か当たってみて・・。
歴史研究会でご一緒のSさんにお願いして、録画をして頂くことになりました。
本当に、またまた、皆様を巻き込んでお騒がせしました。




本番

夜8時から本番でした。
「APEC VIETNAM 2006 INTERNATIONAL MUSIC GALA」

本番1 本番2
    正面玄関              テレビ中継車

本番4 本番3
       撮って頂いたテレビから

本番5 本番7

歌った曲は、
ANTONIO VIVALDI  GLORIA
West Side Story から Tonight、 Tenderly、I Feel Pretty でした。

ほんの10分足らずで、あっけなく終わりました。

本番8
舞台が終わり、ソプラノだけで舞台裏で写真を撮りましたが、スモークのために白いモヤがかかったようになってはっきり撮れませんでした。

舞台裏へ引けたらすぐにM先生の携帯に、「テレビ見たよ!」とメールがあり、見せてくださいました。

本番6

このAPECのカードがないと、会場には入れない所でしたが、首脳クラスはどなたもお見えではありませんでした。
来賓紹介ではどなたも知らない人でした。


夜遅くホテルの部屋に戻ったら、「うまくいった?」と主人から国際電話がありました。
主人の知り合いのベトナム人から、主人にメールがあったそうです。
その方は、なにげなくテレビを見ているとき、私が出ていてビックリしたそうです。
「奥さんをテレビで見ました。直接会えなかったのでプレゼントは出来なかったけど、テレビで見れて嬉しかった。ありがとう」と。


2006年11月17日(Fri)

コーロア(古螺)城   Thand Co Lon

ハノイから北は車で40分ぐらいの所にドンアイン地域にある、紀元前2~3世紀にあったオーラック国の都のあったコーロアに、Kさんの車で連れて行ってもらいました。

あまり遺跡らしいものも残っていないのか、日本のガイドブックにも紹介されていないし、ミニツアーも企画されていないところです。

Kさんと以前、歴史博物館へ行った時の遺跡の発掘の写真を見たり、10月20日の歴史研究会の講演で、考古学者の西村さんが少しコーロアのことにもふれられたこともあり、一度行って見たいと思っていました。

オーラック国に関する年代記述はいろいろあり、一般的にアンズオン王の時代はBC257~208年とされています。
しかし司馬遷の「史記」によると、オーラック国はBC208年に建国されてたと書かれているそうです。

チョウダも実在の人物なのですが、秦の臣下とも漢の将軍とも記述されていて、伝説と現実が入り交じっています。

コーロアの城塞は、中国の直接支配下以前に築かれたもの、つまりべトナム独自の文化によって造営された城であること、そして、939年、それまでの約1000年にわたる中国支配から独立を勝ち取った英雄ゴクェンが、「真の統一国家べトナム」の首都に、再びこのコーロアを選んだ所だそうです。

紀元前697~682年ヴァンランという国が、フン王によって建国されたと伝説がありますが、史跡は発見されていないため、このコーロア城がベトナムのにおける最古の城の遺跡です。

ここは以前にも載せましたが、キムクイ(金亀)とミーチャウ(媚珠)姫の伝説が有名です。

●村の門を入ると
コーロア1 コーロア2
    アンズオン王の銅像             バナナの木
池の中央が深い緑色をしています。そこに弓を引くアンズオン王の銅像が勇ましく私達を迎えてくれました。

コーロア3
池を右に曲がると学校があり、1クラス課外授業なのか、ピンクの服の先生と元気な子供たちの姿がありました。その隣にお寺があります。

●Cua Tam Quan noi ba quan trieu hoi
 (Main Porch leading to the Court)三關門(百官上朝面聖之地)

お寺の三関門をくぐると正面に建物がり、その横にミーチャウを祀っていました。三関門は最近建て直されたのか非常に新しく、少しガッカリ。

コーロア4 コーロア5

中の正面には 
Noi Vua ngu trieu di quy
Hall where the Court was chaired by the King)皇帝御朝之地

コーロア7 コーロア8

両脇のスペースは博物館のようになっていました。
コーロア9 コーロア10
Trong Dong  チョンドンという銅の太鼓です。
ガラスケースに入っていたので、反射してうまくとれていませんが・・
左が横から、右は上からの写真です。

コーロア11 コーロア12
 コーロア遺跡の発掘現場        2200年前~2500年前の銅製の斧

向かって左横の建物にミーチャウを祀っていました。
若い女性の黄色い衣を着た頭のない大きな石像です。 
これが父親に殺されたミーチャウ姫の石像で、しかもそれが年々成長し、大きくなっているとか?

コーロア13 コーロア14 
ミーチャウ姫の石像 Tuong da Cong Chua My Chau


●Cong den Co Loa (The Gate of Co Loa Temle) 蜀安陽王祠廟

車で3分ほど移動した所に、アンズオン王の像とキムクイ(金亀)の弓を祀るお寺があります。

コーロア15 コーロア16

コーロア17 コーロア18
左:伝説のキムクイを形にしたもの
  Ban tho No Than Kim Quy (Kim Quy God Altar's Arbalest)
  金龜弩神之神位          
右:この黄色の服を着たお寺の関係者の奥にアンズオン王の銅像が
  ありましたが、撮影禁止でした。
  Ban tho Thuc An Duong Vuong (Thuc An Duong Vuong Altar)
   蜀安陽王之神位
 

もう一度簡単に伝説を:
オウラク国の王はアンズオンと言いました。この国にはキムクイ(金亀)の爪から作った魔法の弓があり、どんな敵も倒し、とても栄えました。
チョウダはいくら戦っても勝てないため、息子のチョントイをアウズオンの娘ミーチャウと結婚させます。そしてチョントイは、ミーチャウからキムクイの秘密を知り、弓をすり替え、親が病気と偽って中国に帰っていきます。
この機会にチョウダは王ラク国を攻め滅ぼします。
チョントイが帰国する際、2人が離ればなれになったら、自分の通ったあとにガチョウの羽をまいて居場所を知らせると約束していたのでです。
海辺まで逃げてきたアンズオン王と娘のミーチャウ姫は、居場所を突き止められます。
アンズオン王は、キムクイから「裏切り者はミーチャウだ」と聞き、ミーチャウの首をはねてしまいます。
そして自分はキムクイとともに、海の中に去っていきました。
後を追ってきたチョントイは、首のないミーチャウを見て自分のしたことを悔やみ井戸に身を投げました。
ミーチャウの流した血は海に入って真珠となり、チョントイが自殺した井戸で洗うと輝きが増すそうです。

ある時、河をを下ってきた石を陸に引き上げようとしましたが、引き上げられず、コーロアの遺跡まで来たときやっと引き上げられたそうです。
それで、人々はこの石をミーチャウが家に戻って来たと思い祀ることしたそうです。
(歴史の散歩道より)



●お祭りの日には、こんな風になるそうです。
(展示されていた写真から)

コーロアの祭り1 コーロアの祭り2





●主人の会社で働いていた秘書さんから、夕食への招待を頂き、ご自宅におじゃましました。

秘書さん1 秘書さん2
         
ベトナムの家庭料理をご馳走になりました。ありがとうございました。
ご主人様も早く帰って来てくださって恐縮しています。

秘書さんは日本語を話してくださるので、本当に助かります。
帰りの飛行機のリコンファームもお願いしてしまいました。

優しいご主人様と どうぞ、これからも末永くお幸せに・・・




私の一般的なベトナム人に対する印象をまとめると、組織に対する忠誠心は日本人より低く、同郷の助け合いが強く、強いては家族を最も大切にしていると思います。それが、愛国心に繋がっているように思います。
人に対して思いやりがとてもあり、自分のプライドも高い人が多いように思います。


2006年11月16日(Thu)

VIJAGEMS(ヴィジャジェム)で、ルビーを帰国前に買ってもらいました。

娘のと私のと・・・石だけ見ていたの時と出来上がりでは、大きく違っていて、娘のはかわいく、私のはゴージャスに・・・とても素敵に仕上がりました。

ルビー

今回、日本に帰ってVIJAGEMSさんの東京本社に送り鑑別書を作ってもらいました。
10万円ぐらいでオーバーかなぁと思いましたが・・・
(私にとっては大きな額ですが、宝石で10万というとあまりたいしたものではないので・・・)


それと、1月に両親とカンボジア旅行に行ったとき、オールドマーケットで小さい屑ルビーを集めた14,000円程のペンダントを買ったのです。
その時、おまけにもらった米粒ぐらいの大きさの「アクアマリン」をVIJAGEMSさんでペンダントにしてもらいました。
おまけで貰ったアクアマリンなので、たかだか1,000円~2,000円ほど石ですが、見違えるほど、かわいくしてくれました。

アクアマリン




ランチは、BUD'MO というお店でウクライナ料理をMSさん、Kさん、でめきんさん、Oさんといただきました。

ウクライナ料理1 ウクライナ料理2
 右の写真:庭にかわいい民家風の建物がありました。
季節が良いので、お庭でランチになりました。

ウクライナ料理4 ウクライナ料理3
黒パンはやはり酸っぱいお味でした。 ボルシチは、代表料理ですね。

ウクライナ料理5 ウクライナ料理6
ロールキャベツ(家で作るのとちょっと違うお味でした)

お肉は堅いと言うことでしたので、チキンをオーダー。
ハノイは、いろいろな国のお料理がリーズナブルに食べられます。

食後、レストランの近くのMSさんのご自宅へお邪魔させて頂きました。
お話の途中で、お腹が差し込んできて、何回もトイレをお借りして申し訳ありませんでした。

何が悪かったのかしら・・・・
私の場合、正露丸を4粒飲むと結構効くのです。
正露丸を頂戴して、お腹がやっと落ち着きました。




歴史研究会の集まりがIさんのご自宅であると、ご連絡を頂いたので、皆様にお会いしたくて、Iさんのお宅へ。
そこで出して頂いた、チョコレートケーキ・・・・美味しかった。
もう、お腹は元通り・・・・。(早く治ってよかった)

ちょうど一時帰国されている、歴史研究会メンバーのK2さんとNさんにはお会いできませんでしたが・・・また、どこかでお会いできたら嬉しいです。



夕方・・・
帰国前に一度Fさん、MSさんで「カラオケに行こう」と言う話があったのですがお互い都合がつかず、今回、初めてカラオケに行くことになりました。Kさんも一緒に。

カラオケ
MSさんの澄んだ高音、Fさんのかわいい歌い方、歌い方それぞれです。




夜、ホテルに戻ったら、M先生から
「音楽の関係の人が集まって、山羊鍋食べるのですが、あなたも来ませんか?」とお声をかけて頂き、山羊鍋やさんへ

山羊鍋

行ってみると、いろいろな職業のベトナム人、日本人がいらっしゃいました。
ベトナム人の女優さんは、さすが綺麗でした。


2006年11月15日(Wed)

今日はFさんとKさんとゴルフでキングスアイランドへ。

ゴルフクラブは帰国の時、Kさんのお宅に預かってもらっていました。

ゴルフ1 ゴルフ2

APECに間に合うように、クラブハウスが新しく完成していました。
新しいクラブハウス嬉しいな~。
と思ったものつかの間・・・・
きれいになったのは、良いのですが、階段を上がらないと入り口にいけないし、レディースの更衣室は、いったん建物の外に出て別の入り口から入らないといけません。
これは面倒くさい。

それより何より、今までは「会員ゲスト」で行けたのに、家族会員のゲストは「会員ゲスト」という取り扱いが無くなりました。
ですから私は「ビジター」扱いで、かなりの値上がりとなってしまいました。
幸い、水曜日だけは、ビジターフィーが少し抑えられていますが・・・

会員権なしでゴルフをしようとする方が、間違いだ!
と言われれば、それまでですが・・・

「19日(日)は、APECの関係者専用です」の立て札があちこちにありました。

帰りのボートを待っているとき、キャディーさんに写真を撮ってもらいましたが、ちょっとカメラアングル悪いですね。(笑)

ゴルフ3 ゴルフ4



ハノイの街中はそろそろ警備が厳しくなって来ています。
5つ星ホテルの前には、警察の車両や「APEC」というナンバープレートを付けた車がたくさん並んでいます。

APECの車 APECの車2



2006年11月14日(Tue)

今日のランチは、ハノイ郊外にある本当に隠れ家のような『Moon River ムーンリバー』というベトナミーズレストラン。Bac Cau, Ngoc Thuy Village, Gia Lam District, Hanoi

hanaeさんのブログにも、チビクロ777さんのブログにも載せておられたので是非行ってみたいと、お願いしてしまいました。

予約が必要なのですが、ベトナム語しか話せない方が電話に出られたので、hanaeさんは、レジデンスのレセプションに行って、英語で頼んでベトナム語で予約して下さったそうです。
いろいろなかたに、お世話をおかけします。

Kさんのお車に、hanaeさん チビクロ777さん、Waさん、Kさん 私。
お気づきになられた方、いらっしゃいますか?
Kさんの運転手さんが運転をして下さるので、6人乗りとなりましたが、ハノイでは乗れれば違反ではないようです。(ホントカナ?)

待ち合わせをわかりやすい場所と言うことで、ソフィテルプラザ(5つ星ホテル)にしましたが、APECのセキュリティーの関係で、ホテルに入れませんでした。

話は、ムーンリバーに戻りますが・・・
本当に「隠れ家」と言う言葉がぴったりな所でした。

ムーンリバー13
 鳥居が村の入り口

ハノイから車で20分ぐらいなのですが、看板が余り出ておらず、おまけに、その村に入ってからは、普通の民家が並ぶ中をどんどん奥に入って行きます。
「本当にこんな所にレストランがあるのかしら・・・」
と思っているころに到着します。

ムーンリバー1 ムーンリバー2
   レストラン入り口             中庭

そして、中に入ると素敵なベトナムの古いお家がレストランになっています。
ムーンリバー3 ムーンリバー4

15ドルのコースでしたが、お料理も十分な楽しめました。

ムーンリバー5 ムーンリバー6

ムーンリバー7 ムーンリバー8
お料理は、写真のほかいろいろ。

食事の後のデザートとお茶は、また、別の部屋で川を見ながら頂きます。
ムーンリバー9 ムーンリバー10

そしてその2Fが、宿泊出来るようになっていました。
ムーンリバー11 ムーンリバー12

家具など厳選されたベトナムらしいものが置かれていました。
お忍びで来るのは、良いところかもしれません。

ハノイの喧騒からから逃れ、ゆったりとした楽しい時間でした。
皆様、ありがとうございました。

そして、夕食もKさんのお宅でご馳走になりました。


2006年11月13日(Mon)

朝から、でめきんさんとそのこさんと3人でベリッシマ(エステ)へ。
10枚綴りの、ラバーストーンの券が1枚、使い切れずに日本に戻ったので、是非、今回ベリッシマに行こうと思っていたら、声をかけて下さいました。ありがとうございます。

ラバーストーンは2時間コースで、マッサージをしながら暖かい石を背中などに乗せてくれて凄く気持ちが良いのです。
とてもリラ~ックスします。
ベリッシマ


Kさんは二胡の練習が終わって合流し、イタリアンでランチ。
イタリアン1 イタリアン2
石釜ピザも美味しいのですが、野菜の焼いたのが、素朴で美味しいのです。


夜6時にM先生と待ち合わせをして、日本食レストランでご馳走になった後、他の日本人のかた2人と一緒に、録音会場へ。

M先生にお会いすると、鼻の頭を怪我されていました。
「2日前 酔っぱらっていて 地面に家内の顔が写って 思わず地面にキスしたよ。 私の顔の中で一番、鼻が高かったらしいね。」と笑いながら、いつもと変わらない優しい言葉をかけて下さいました。


シネマセンターで録音

「APECの会場は広く音響がとても悪く、当日舞台で歌うだけでは、声が届かない」と言うのが、録音の理由でした。
18日の本番、舞台に立ってみたら、その言葉の通りでした。

それはともかく、今夜7時30分集合でしたが、伴奏だけの録音が押していて、結局、歌の録音が始まったのは8時前。

録音2 録音1
(録音の本番中は写真は撮れないので、休憩中の写真です)

並び方を換えたり、マイクを換えたり、なかなか指揮者の思う音にならないらしく、仕上がりは10分以内の曲のなのに10時15分までかかりました。
終わることには、みんなヘトヘトでした。
ホテルの門限が11時だったので、ちょっと心配しましたが・・
MSさんの車で送って頂いて、11時までにはなんとか戻れました。
お世話になりました。

実は、HIC(コーラス)メンバーの日本人全員、APECで歌う会場は、
bigCの向こうに建った新しい国際会議場だと信じていたのです。
13日の録音が終わって、本番の集まる場所を聞くまでは・・・・(笑)

本番は、ハノイの街中にある、ベトソー会館という大きな建物でした。


2006年11月12日(Sun)

47 MAI HACDE通りの1Fがフォー屋さんで、店の奥にある階段を上ると2Fが「焼き肉屋さん」になっている、知っている人だけが知っているような焼き肉屋さんで、Kさんご夫婦にお昼をご馳走になりました。
ここは、既に帰国されたMさんからお聞きしていて、一度行って見たかったところです。

焼き肉2 焼き肉1

その後、路上にでている チェ(ベトナムぜんざい)を食べ・・ようと思いましたが、お腹が一杯で残念ながら入りませんでした・・
歩道に座り、美味しそうに食べるベトナム人のお嬢さん二人。

チェ1 チェ2

Kさんのお宅にお世話ばかりおかけするので、ホテルをとりました。
APEC期間中なので、5つ星ホテルは各国首脳が泊まり、関係者以外立ち入り禁止。
4つ星、3つ星も通常料金の6倍から7倍のAPEC価格。しかもフルでとれません。
そこで、ホアンキエム湖北にある8部屋しかないミニホテルに泊まることに・・・
ここまでランクを下げると、APEC関係なしで通常料金でした。
旧市街にあり、とても便利な所にあります。
ホテルの方も親切でした。

ただ、1つした失敗は・・・
トイレとシャワーと洗面が、畳1畳ぐらいの1つの空間にあります。
シャワーにはシャワーカーテンが無いため、シャワーを浴びるとトイレの便器がべちゃべちゃにぬれます。それは後で、拭くとしてとして・・・トイレットペーパーを外すのを忘れたのです。
結果、トイレットペーパーは使い物になりませんでした(笑)。

ホテルに移動して、明日の夜 急遽 録音することになったAPECで歌う曲の練習をしました。 


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