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2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。 ただ今は帰国し、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。 ホームページ(2005年7月~2006年5月)は、「リンク」のところにあります「太田桜花堂 ベトナム便り バックナンバー」とクリックして頂くと入れます。
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2008年2月3日

吉野山の蔵王堂では鬼火の祭典が行われました。

節分 吉野蔵王堂 鬼火の祭典

修験者が「福は内。鬼も内」と唱えながら豆をまくと

鬼が懺悔してひれ伏し、改心すると言う話です。
全国から追い出された鬼たちを受け入れるという
珍しい節分会の行事です。
金棒や剣などで肩や頭に触れてもらい、無病息災を願います。

今年の恵方は南南東。
恵方を向いて巻きずしを食べ、その後、豆まきもしました。
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2007年6月3日(Sun)

嬉しいメールと吉野雛(47年前に亡くなりました祖父が作った吉野雛)の写真を頂きました。
ありがとうございます。

ご本人様の了解を得て、掲載させて頂きます。

吉野雛(祖父) 吉野雛(祖父2)

『当方、吉野雛の昭和29年ごろの物を持っていまして、
 それについて調べているうちに「郷土玩具 職人はなし」 という本で見て、
太田桜花堂さんを知り、サイトに辿り着きました。

 色々なお土産こけしと一緒に入手したのですが、この吉野雛だけは
 普通のこけしとは違うなあと思っていて気になり、調べた次第です。
 サイトを拝見させて頂くと、私の持っているものは先代の方が
 作られたものなんですね。 etc.』

メールを頂きました方は、ハンドルネームを木蓮和尚とおっしゃって、
「名も泣き怪獣達の宿」の■■■HPを持ってらっしゃいます。

楽しい個性的なHPで、お願いしてリンクを貼らせて頂きました。


※「郷土玩具 職人はなし」という本は、平成9年に出版されたもので、
全国の郷土玩具を作っている50名ほどが収録されています。
著者は坂本一也氏で、巻頭のことばに
「郷土玩具は、人によっては単に玩具(おもちゃ)であり、とるに足らぬ
ものと映るかもしれませんが、長年に渡って培われた庶民の文化財だと
考えると、やはり、その灯を消すわけにはゆかないとの思いです。」
とあります。


2007年5月12日(Sat)

5月9日の深夜0時55分からの放送で、吉野の父が少し出ました。
4月9日にTVの録画取りがあった分です。
■■■

ガブリエラさんが、法螺貝を吹きに来たのです。
始めは鳴らず、収録は30分ぐらいかかりましたが、放送は2分ほどで終わりでした。

私はDVDをセットするのも忘れて寝てしまいました。スミマセン

東京方面では、5月3日22時頃、放送があったそうです。
(知り合いから、「TV見たよ。」と吉野にTELがあったそうです。)



2007年5月6日(Sun)

1泊で吉野へ

小判井戸

如意輪寺近くの観光車道沿いに「小判井戸」がります。
井戸と言うより、小さな岩の窪みです。
そこから少し湧き出る清水があります。

季節がらなのか、木陰のせいか分かりませんが、虫が何匹も飛んでいて、とても飲もうとは思いませんでした。

「小判井戸」のいわれは:
延元の昔、後醍醐天皇が吉野の行宮で歌をお詠みになるとき御料水になったと伝えられ、また、文禄三年(1594年)豊太閤秀吉が吉野山で花見の折りには、茶の湯として用いられたという名水です。

吉野山で住んでいた頃、茶道の先生のご自宅でお初釜があったとき、先生が、この「小判井戸」の水を汲んでお茶を点てて下さいました。

藤 しゃが
    山に自生している藤           シャガ

どうだんつつじ
    どうだんつつじ(実家にあった)

今日で連休も終わり、過ぎてしまえば早いものです。



2007年4月27日(Fri)

いつも、お花や風景の素敵な写真を送ってくださるSさんから、吉野の写真を頂きました。
4月11日に吉野に行かれたそうです。

蔵王堂s 山桜s

上千本から蔵王堂を撮られたものです。

中千本s 上千本S
       中千本                 上千本

これ以外にも、宇陀市の「佛隆寺の千年桜・又兵衛桜・大野寺寺の枝垂れ桜・西光寺の枝垂れ桜」の写真も頂きました。
もう一度、春を楽しませて頂きました。
ありがとうございます。


2007年4月15日(Sun)

上千本

下千本はかなり散っています。
中千本と上千本も盛んに散っています。

夕方、観光車道から上千本を見た風景です。


2007年4月9日

2週間も更新出来ませんでした。(すみません。)
9日~20日までは、更新日を実際あった日に変更しています。



先週の4月9日にTVの録画取りがありました。
ルーマニア人のガブリエラさんが、法螺貝の吹き方を教えて欲しいとお店に入ってこられました。
(前もってアポがありました。)

TV TV2

2007年5月9日 24:55~毎日放送で放送されるそうです。
この時間は、10日 0:55 で真夜中です。

TV3 TV4

うまく「ブー」と鳴りました。
この番組は、わらしべ長者のように、自分の持っているものを、少し高い物に物々交換します。
ガブリエルさんが持っている交運のブレスレットを吉野雛と交換しました。


2007年4月9日(Mon)

明日から学校がはじまるので、吉野から帰ります。
帰り道、車両通行止めなので、吉野駅まで下に向かって歩いて降りることにしました。(約50分)

吉野桜蔵王堂 吉野桜蔵王堂2

明日行われる“千本漬き”の準備のために、蔵王堂の境内で信者さんが、
臼を転がしながら移動させているところです。

仁王門 >下千本14

   仁王門
                  
仁王門は蔵王堂の入り口です。明後日、明明後日(4月11日・12日)に
行われる花供懺法会(はなくせんぽうえ)・花供会式(はなくえしき)の札が立っていました。
毎年、4月11日・12日に桜が満開になった報告を蔵王権現さんにするための、
お祭りがあります。

右のポスターにありますように、蔵王権現さんを特別に見ることができます。
 役行者霊蹟36寺社出門帳
 10月4日(木)~8日(祝)
 蔵王権現像特別ご開帳
 されます。

是非、7mの憤怒のお姿の3体の迫力ある蔵王権現さんを、一度ご覧になってください。

黒門 下千本12
      黒門                道路わきに咲いていた“すみれ”


下千本の桜 七曲を歩いておりて行きます。
気持ちのいいそよ風が吹くと、はらはらと花びらが舞います。

太鼓橋 下千本7

下千本8 下千本9

下千本の中を、ケーブルカー(ロープウェー)が動きます。
もしケーブルカーに乗られるときは、下千本の見える側に顔を向けておいてくださいね。桜の時期はお客さんが多いので、ケーブルカーの定員一杯詰め込まれます。
5分ほどしか乗りませんが、反対側の杉山をみていると知らない間に下千本を通り過ぎてしまいます。

下千本10 下千本13

下千本11下千本


幣掛神社(してかけじんじゃ)七曲を上から降りてくると、ほぼ終わりごろにあります。
この木は、ぼたん桜のため3分咲きでした。

下千本 幣掛神社 下千本 幣掛神社

幣掛神社は、大峯山の一の行場です。
修験道の霊峯 大峯山に登拝することを 一般に「参上参り」といい、その入り口がここで、登山の安全を祈る第一神社でもあります。
祭神は速秋津比売命(はやあきつひめのみこと)で水の神であり、桜や楓を育てた清らかな水が境内から湧き出ていて、今まで涸れたことがありません。
七曲の急坂にさしかかった旅人がこの清水で渇きを癒した様子がしのばれます。
吉野の桜は、昔から蔵王権現のご神木とされ、こんな句があります。

 幣掛の 花やまことの ご神木    直房 


幣掛桜
学名 御車返し(みくるまがえし)
吉野山では珍しい品種で八重咲きと一重咲きとが交じって咲きます。
御車返しの名は、江戸時代に御水尾天皇が、この桜のあまりに美しさに、乗っておられた牛車をわざわざ引き返えさせてご覧になられた故事から由来しています。




私事ですが、黄砂の強かった10日ほど前から目が充血し、まぶたが腫れ、鼻がずっと気持ち悪かったのです。
アレルギーになったのではないかと思い、耳鼻科でパッチテストを受けました。
アレルギー皮内反応は、ハウスダスト・ダニ・アルテルナリア・ヨモギ・スギ・カモガヤ・ブタクサの7つを調べました。
結果は、何にも反応しなくて、アレルギーではなく、黄砂による一時的な炎症でした。
パッチテスト



2007年4月8日(Sun)

吉野山は桜が満開です。
お天気もまあまあで、大変な人出にになりました。

旭山 旭山2

昨年、日本桜の会の方に頂いた「旭山」という名前の小さい桜が咲きました。


2007年4月7日(Sat)

吉野山の桜も下千本と中千本は満開になりました。

蔵王堂 蔵王堂四本桜

金峯山寺蔵王堂(きんぷせんじざおうどう)
蔵王堂(国宝)は、修験道の総本山で桜と共に吉野山のシンポルです。高さ約34mあり、東大寺大仏殿に次ぐ大きさの木造建築です。奈良時代に役行者(えんのぎょうじゃ)が大峯山を開きました。本尊として三体の蔵王権現像を祀っています。人を救うため忿怒(ふんぬ)のお姿をしていますが、それは、釈迦如来(中央)7.3m、弥勒菩薩(向かって左)5.9m、千手観世音菩薩(右)6.1mを本来のお姿とする変化身です。三尊は、それぞれ、過去、現在、未来を表し、三世にわたって私達を守ってくださる守護仏でもあります。(堂内 撮影禁止です)

四本桜は、元弘三年(1333年)大塔宮護良親王が北条方に攻められた時の吉野城本陣跡です。吉野落城の折り、最後の酒宴をし、村上義光と別れをした場所です。

蔵王堂僧侶

蔵王堂の僧侶が法螺貝を吹いています。

南朝皇居跡 ビジターセンター
    南朝皇居跡            ビジターセンター

吉野朝宮跡は蔵王堂の西側にあり、今は南朝妙法殿が建っているところで、かつて南朝57年四代の天皇(後醍醐天皇・後村上天皇・長慶天皇・後亀山天皇)が政権回復の策をはかったところです。
「ここにても 雲井の桜 咲きにけり
   ただ かりそめの 宿と思うに」
                  後醍醐天皇


桜2 桜

昼まえから天気予報が外れて雨。
夕方、上千本から降りてきたお客さんは、
「雲の上た感じで、上は降っていませんでしたよ。降りてきたら、雨でした。」
とおっしゃってました。

義捐金

蔵王堂のお坊さん(山伏)が、観光客の皆さんに「諸災害義援金」をお願いしています。
 集めなれた義援金は、災害による海外の恵まれない子供たちに送られるそうです。


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