2005年7月~2006年11月 ベトナムのハノイに住んで、ベトナム生活を満喫しました。
帰国後は、身の回りのこと少し更新しています。良かったらお付き合い下さい。
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2006年8月20日(Sun)
昨年の8月18日、いつものKさんと初めてホーチミン廟へ行った時、一人で旅行されていた和歌山のKaさんにお会いしました。その時は、ホーチミンなどの南部も回られたようで、後日、パワーポイントで作られた旅行記をメールで頂きました。
Kaさんは、今回、中部(フエ・ホイアン・ダナン・ミーソン)などを回られて、ハノイに来られました。
一年前は右も左も分からず、旅行者である和歌山のKaさんの案内で、文廟やブラザースカフェに行きましたが、あれから一年、住んでいる私達の方が少しは詳しくなりました。
今回は、私達がハノイを案内します。
あの時、時間切れで、見られたなったホーチミン廟にAM7時40分に集合にして、・・・
タクシーを降りると、いつものゲートではありません。
困ったと思って携帯を取り出し顔あげると、そこに、和歌山のKaさんが立っていました。
何という偶然。Kaさんも昨年と違うところにタクシーに降ろされて、携帯を取り出したところだったのです。(日本経由でかかる携帯)
一年ぶりに再会!!
ホーチミン廟に入る前に、このカバンに携帯とカメラを入れ預けます。
持ち込み禁止です。
ホーチミン廟、ホーチミンの家や一柱寺などを見て、その後、北門教会へ。
ホーチミンの家
一柱寺
少し降りかけていた雨が、本格的に降り出し、雷が鳴り始めました。
北門教会 Nha Tho Cua Bac
東洋的な瓦屋根と薔薇窓が印象的な教会です。
ファンディンフン通りを挟んで旧ハノイ城の北門があります。
フランス統治時代(1932~33年)に建てられました。
右の写真は教会内:正面にはマリア様、左はジャンヌダルク、右が初代司祭ティオファヌヴナールのステンドグラスがはめ込まれています。
北門 Cua Bac(旧ハノイ城の門 2006年8月8日参照してください)
益々雨が酷くなる中を後楼 Hau Lau
ハノイ城の中心にあった敬天殿の北側に位置した楼閣。
中には、李朝(レンガに刻まれて蓮の花ひらと屈曲した龍)、陳朝(菊の文様)時代の発掘されたものが少し展示されていました。
雨は最高に酷くなり、雷がなり、傘をさしていてもずぶ濡れになり、
もう1つ予定していた端門 Doan Mon を諦め、一旦、Kさんのお宅へ。
Kさんの洋服をお借りし(サイズが一緒)、雨も少し小降りになってから仕切りなおし。
お昼ごはん前にお土産のお菓子とコーヒー豆を買い、
Kaさんが行きたいリストに入れていた「ハノイ駅」へ
お昼ごはんは、ベトナム料理の精進料理 Com Chay
鶏肉やひき肉に見えていますが、一切、肉や魚を使っていません。
その後、ハノイ大教会へ
昨年は閉まっていて見れなかったおっしゃって。(私も最初諦めて帰ったことがありました)
実は、ここは教会が閉まっていても、正面左の門から中に入れるのです。
Ba Da(婆陀)寺院 ハノイ五寺の1つ (教会近く)
お寺の人に、仏様の衣にお金を置き、仏様の足や衣にさわり、その後で自分の足などを触るよう勧めれれました。きっとご利益があるのでしょう。
ハンガイ通りのシルク屋さんや刺繍屋さんを何軒かショッピング。
その後、
東河門 Cua O Quan Chhuong
旧タンロン(ハノイ)の周囲に築かれた城塁上にあった数多くの門の1つ。
写真をお願いした通りがかりのお兄ちゃん、カメラのシャッターを押したことが無かったようで、撮り方が変で、手振れをおこしています。
ロンビエンへ
ロンビエン駅 ロンビエン橋
ちょうどロンビエン駅にディーゼル車が来ました。
沢山のベトナム人が、土日をふるさとで過ごし、ハノイに戻ってきたようで、駅の中も外もごった返していました。
夕食は、Kaさんが昨年からの念願のダックキムのブンチャ
日本のガイドブックには必ず載っています。
超ローカルですが、味は良い。
明日は、ハロン湾へいらっしゃって、夜、直行便で関空へ。
ご一緒できませんが、どうぞ、お気をつけて。
明日 晴れるといいですね。
昨年の8月18日、いつものKさんと初めてホーチミン廟へ行った時、一人で旅行されていた和歌山のKaさんにお会いしました。その時は、ホーチミンなどの南部も回られたようで、後日、パワーポイントで作られた旅行記をメールで頂きました。
Kaさんは、今回、中部(フエ・ホイアン・ダナン・ミーソン)などを回られて、ハノイに来られました。
一年前は右も左も分からず、旅行者である和歌山のKaさんの案内で、文廟やブラザースカフェに行きましたが、あれから一年、住んでいる私達の方が少しは詳しくなりました。
今回は、私達がハノイを案内します。
あの時、時間切れで、見られたなったホーチミン廟にAM7時40分に集合にして、・・・
タクシーを降りると、いつものゲートではありません。
困ったと思って携帯を取り出し顔あげると、そこに、和歌山のKaさんが立っていました。
何という偶然。Kaさんも昨年と違うところにタクシーに降ろされて、携帯を取り出したところだったのです。(日本経由でかかる携帯)
一年ぶりに再会!!
ホーチミン廟に入る前に、このカバンに携帯とカメラを入れ預けます。
持ち込み禁止です。
ホーチミン廟、ホーチミンの家や一柱寺などを見て、その後、北門教会へ。
ホーチミンの家
一柱寺
少し降りかけていた雨が、本格的に降り出し、雷が鳴り始めました。
北門教会 Nha Tho Cua Bac
東洋的な瓦屋根と薔薇窓が印象的な教会です。
ファンディンフン通りを挟んで旧ハノイ城の北門があります。
フランス統治時代(1932~33年)に建てられました。
右の写真は教会内:正面にはマリア様、左はジャンヌダルク、右が初代司祭ティオファヌヴナールのステンドグラスがはめ込まれています。
北門 Cua Bac(旧ハノイ城の門 2006年8月8日参照してください)
益々雨が酷くなる中を後楼 Hau Lau
ハノイ城の中心にあった敬天殿の北側に位置した楼閣。
中には、李朝(レンガに刻まれて蓮の花ひらと屈曲した龍)、陳朝(菊の文様)時代の発掘されたものが少し展示されていました。
雨は最高に酷くなり、雷がなり、傘をさしていてもずぶ濡れになり、
もう1つ予定していた端門 Doan Mon を諦め、一旦、Kさんのお宅へ。
Kさんの洋服をお借りし(サイズが一緒)、雨も少し小降りになってから仕切りなおし。
お昼ごはん前にお土産のお菓子とコーヒー豆を買い、
Kaさんが行きたいリストに入れていた「ハノイ駅」へ
お昼ごはんは、ベトナム料理の精進料理 Com Chay
鶏肉やひき肉に見えていますが、一切、肉や魚を使っていません。
その後、ハノイ大教会へ
昨年は閉まっていて見れなかったおっしゃって。(私も最初諦めて帰ったことがありました)
実は、ここは教会が閉まっていても、正面左の門から中に入れるのです。
Ba Da(婆陀)寺院 ハノイ五寺の1つ (教会近く)
お寺の人に、仏様の衣にお金を置き、仏様の足や衣にさわり、その後で自分の足などを触るよう勧めれれました。きっとご利益があるのでしょう。
ハンガイ通りのシルク屋さんや刺繍屋さんを何軒かショッピング。
その後、
東河門 Cua O Quan Chhuong
旧タンロン(ハノイ)の周囲に築かれた城塁上にあった数多くの門の1つ。
写真をお願いした通りがかりのお兄ちゃん、カメラのシャッターを押したことが無かったようで、撮り方が変で、手振れをおこしています。
ロンビエンへ
ロンビエン駅 ロンビエン橋
ちょうどロンビエン駅にディーゼル車が来ました。
沢山のベトナム人が、土日をふるさとで過ごし、ハノイに戻ってきたようで、駅の中も外もごった返していました。
夕食は、Kaさんが昨年からの念願のダックキムのブンチャ
日本のガイドブックには必ず載っています。
超ローカルですが、味は良い。
明日は、ハロン湾へいらっしゃって、夜、直行便で関空へ。
ご一緒できませんが、どうぞ、お気をつけて。
明日 晴れるといいですね。
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